本と映画と、少し寄り道

小説と映画の感想文をゆるゆると。

谷崎潤一郎『痴人の愛』あらすじと感想|100年前の「沼」の話だった

谷崎潤一郎の『痴人の愛』。100年ほど前に書かれた本作は、もう少し読みにくい作品なのかと思っていた。しかしそこに書かれていたのは、現代にもリンクする物語だった。男女間の「支配」とハラハラする展開。そこまで難しい言葉もなく、あっという間に読み切ることができた。これは100年前に書かれた『沼』の物語だ。

 

■谷崎潤一郎『痴人の愛』あらすじ

表紙もおしゃれ!

主人公はきまじめなサラリーマン・河合譲治。彼は西洋に憧れがあり、カフェでどこか西洋風の顔をしている美少女・ナオミと出会う。譲治はナオミを「良い女」に育てあげ、のちに妻にする。しかし、譲治が独占していたはずのナオミの周りには、いつしか不良学生が集まっていた。大人になっていくにつれて妖艶さを増すナオミに、譲治はいつしか虜になっていく。

 

■『痴人の愛』は思っていたよりずっと読みやすい

 

本作は100年前の作品ということで、最後まで読めるかなぁ…と不安を抱えながら読み始めた。ただ、去年読んだ太宰治の『人間失格』や夏目漱石の『こころ』をかなりおもしろく読めたため、チャレンジしてみることに。この作品は「私はこれから、あまり世間に類例がないだろうと思われる私達夫婦の間柄に就いて、出来るだけ正直に、ざっくばらんに、有りのままの事実を書いて見ようと思います」という譲治の独白から始まる。

 

人は他人の恋愛話が大好き!みたいなところもあると思う。少なくとも私はそう。この書き出しで「これからどんな話が聞けるんだい?」とワクワクしながら読み始めた。昔の作品ではあるけれど、すごく難しい言葉が使われているかというとそうでもない。わからない言葉は注釈を見ながら読んだけど、見なくても8割〜9割は理解できると思う。

 

100年前といっても古い感じはせず、時代背景が違うだけで十分現代にもリンクしている話だと感じた。少し設定を変えたら今のドラマにもできそう。パパ活を題材にするとか。実際、2024年に映画化されている。

 

■立場が逆転していくおもしろさ

 

本作のおもしろさは、その逆転構造だ。最初、譲治はナオミを良い女に育てる目的で迎え入れたのに、結局彼女の沼にズブズブになってしまい、そして最後は彼女に主導権を奪われ、とんでもない約束をする。その立場が逆転していく様が滑稽で、でもどこかじくじくするから不思議。

 

めちゃくちゃ冷静な目で見ると譲治のことを「バカだなぁ…」と思うかもしれない。しかし私は、そこまで一刀両断に「バカ!」と冷笑することは出来なかった。それは、私にも周りが見えないくらいに恋に溺れたことがあるから。推しに課金をしまくったことがあるから。そして最後に「私何してるんだろう…」って虚しくなった経験もあるから。むしろここまでがセット。譲治は性癖がちょっとね、あれだけど、譲治のナオミ沼にズブズブになっていく感じは案外現代的だと感じた。

 

■「対等な関係」を望みながら、ナオミを支配していた譲治

 

肝なのは、譲治はおそらく自分ではナオミのことを支配しているつもりはなく、本当にナオミのことを育てる、良い女にする、と思っていたこと。そして本気で「自分は感謝されるべきことをしている」と信じ込んでいること。譲治はナオミと「友達のような関係」を求めていた。その考えは当時からすると結構現代的だったのかもしれない。そもそも彼はモダンガールに憧れていて、西洋に憧れていた。だから西洋顔のナオミを気に入って、選んだ。

 

かなり歳下の女の子を自分の手元に置いて、勉強を習わせて体も洗ってやって、服を買い与えて、「対等な関係」を求めているように見えるけど、譲治は結局ナオミのことを支配している。そこには対等な関係なんてどこにもない。

 

譲治の一人称で語られていることもあって、私たちはナオミを譲治のフィルターがかかった状態で見ることになる。しかし、読み終わっても私たちはナオミの内面がよくわからない。ナオミの容姿や仕草は事細かく書いてあって想像できるのに、中身が何もわからない。それは、譲治がナオミの内面を全然見てなかったということだ、という答え合わせになる。譲治は最初からずっと、ナオミを「自分の理想の女」に育て上げようとしたのだ。

 

■ナオミは悪女なのか?

 

ナオミは途中から、その強かさというか、生存能力のようなものを発揮する。譲治を惑わせるし、駆け引きをする。彼女は、譲治の好みや、逆に譲治がされたら嫌なところを完璧に理解している。だから譲治に揺さぶりをかけられるのだ。

 

当時の読者がナオミのことをどう思っていたかはわからないけど、今の私たちが見ると、ナオミはかっこいいなぁとも思うし、普通に社会に出ていたらめちゃくちゃ仕事が出来る女性なのでは?と思う。相手の求めていることがわかって、それに合わせることが出来るのだから。

 

譲治は自分の過ち、業の深さのようなものをおそらく最後まで理解していない。おそらくなんでこんなことになってしまったのかもわかっていない。ナオミが内側から譲治を喰った、みたいな怖さもあるし、「あんまり人のことを舐めてかかるなよ」みたいな教訓のようにも私は読めた。

 

■結局は「惚れたが負け」

 

でも最終的に私が思ったのは「惚れたが負け」ということ。これは昔も今も変わらないんじゃないかな。

 

物語のおもしろいところは、時代によって読み取り方が変わるところだ。当時の読者はナオミのことをとんでもない悪女だと思っていたかもしれないけど、今の私たち、少なくとも私はそうではない。

 

私はナオミのことを「悪女」と言いきれないし、むしろ強い女だと思う。当時の人たちはナオミのことをどう思っていたのだろうか。きっと文化や認識のズレで、物語の印象はガラッと変わる。いつかの未来、もっともっと技術が発達して過去の人と話ができるようになったら、私はこの話のことを語り合ってみたい。

 

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太宰治、夏目漱石の作品はどう読み解く?↓

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読書感想文の書き方|あらすじだけで終わらせない5つのコツ

昔から読書が大好きだったのに、私は読書感想文が苦手だった。どちらかというと好きに書ける作文の方が得意だった。しかし、大人になって本の感想をインターネットにアップしたり、ブックレビューを書かせてもらったりすることが増え、「こうやって書けばよかったのか」という発見があった。この記事は読書感想文を書くことが苦手な人へ!私が大人になってから気づいた「読書感想文の書き方」のヒントを紹介していきたい。

 

■あらすじは感想ではない

 

過去の私もそうだったけど、「読書感想文」と言われると、どうしてもその本の内容を説明しなくては!と思ってしまう。あらすじを書いていると、いつの間にか400字がすぐに埋まる。しかしそれは本の内容であって、あなたの感想ではない。あらすじはあくまでさくっと。そして最後まで書かないこと。例えば太宰治の『女生徒』であれば、こう書く。

 

本作は1939年、太宰治によって書かれた作品。ひとりの少女のたった一日の心の動きを丁寧に描いた小説で、思考の自由さと感情の豊かさ、思春期の揺れが描かれている。

 

これはかなりさくっとまとめたものだけれど、あらすじは「主人公」と「おおまかな内容」が書かれていればいい。例えばミステリー小説であれば「本作は、妹を不可解な事件で失った警察官Aが、真相を追う物語だ。密室状態の別荘で何が起きたのか、Aは妹の死の理由を突き止めようとする」みたいな感じで、掴みだけ入れておけばいい。

 

つまり、あらすじはその読書感想文の導入部分。あくまでもさらっとでOK!

 

■心に残っている一文を見つける

 

読書感想文を書くために本を読むとき、なんとなく読み始めるのではなくて「感想を書くこと」をイメージして読む。そして、心に残ったことやわからなかったところに印をつけておく。ふせんを貼ったり、写真を撮ったり、メモしたり、自分がわかりやすいやり方でOK。

 

重要なのは「自分の心が動いた箇所」ということ。喜びでも怒りでも共感でも悲しみでもなんでも大丈夫。「わからない」という感想でもいいので、とにかく引っかかる文にはチェックをつけておこう。

 

私はふせんを貼っています

 

■本と自分の生活を結びつける

 

過去の私は圧倒的にこれができていなかった。でもなぜ大人になったら自然にできたのだろう?と考えると、それは経験の差だと思う。大人になればなるほどいろいろな経験をして、私たちの頭の中には引き出しがたくさんできる。その引き出しは多ければ多いほど、本の世界と自分の感情が接続する。

 

小中学生が読書感想文を書く場合、その経験がまだ浅い。でもそれは特別な経験でなくていい。例えば、『女生徒』では「母親のことは嫌いじゃないけど、なんとなくムカつく」みたいな内容がある。その感情は、誰もが一度は持ったことがあるのではないか。ここにフィーチャーして自分の生活に結びつけるとすると、

 

私は本作の「このごろの、私のいらいらは、ずいぶんお母さんと関係がある。お母さんの気持に、ぴったり添ったいい娘でありたいし、それだからとて、へんに御機嫌とるのもいやなのだ」という一文に深く共感した。

 

母親のことは嫌いではないし、感謝している。だけど、ちょっとした一言でムカついてしまう。それは私たちが家族だからで、近くにいすぎているからだ。お母さんの喜ぶ顔が見たいから、テスト勉強をがんばった。90点を取って、わくわくしながら「じゃーん!」と見せたのに、お母さんの反応は「すごいね」の一言だった。あれ?なんで?もっと褒めてよ、と思って伝えると、「褒められたいからがんばったの?」と言われた。

 

ぽかん、としていると、お母さんは「今度は自分のためにがんばりな」と私を見つめた。私はとても恥ずかしくなって、そこから私は誰かの機嫌を取る、という行動をやめた。自分の機嫌は自分で取る。誰かの機嫌なんて取ってやらない。こうして私のちょっと曲がった人格が出来上がったのだ。

 

 

みたいな感じ。何かの一文から、自分の生活を結びつけて、そこからは自分の経験や感じたことを書けばいい。大切なのは、「この一文を読んで、自分のどんな出来事を思い出すのか」を考えること。そうすると、物語と自分が接続したことになって、自分しか書けない感想になる。そう、読書感想文は「本を読んで感じたあなたの感想」を書けばいい。誰にも真似できない、あなただけの文章がきっと見つかる。

 

■感想はあくまでも感想。良い感想ばかりじゃなくていい!

 

「読書感想文」と言われると、何かいいことを書かなきゃ、と思ってしまう。でも、必ずしも良いことを書けばいいというわけではない。共感できなかったのなら「共感できなかった」でいいし、難しかったのなら「私には難しかった」でいいのだ。

 

ただ、「私には難しかったです」だけだと味気なさすぎるので、なぜ難しかったのかを考えてみる。文体が難しかったのか?自分に合わない文章だったのか?誰にも共感できなかったからイライラしたのか?そんなふうに。

 

それが見つかったら、「もしかしたら何年か経ったら理解できるのかもしれない。経験が増えれば、わかるのかもしれない。私は未来でこの物語にまた出会えることを楽しみにしている」みたいな感じで締めるのでもいい。

 

登場人物に共感できなかった場合はもっとシンプルで、「私が登場人物の立場だったらどうするか?」を考えてみればいい。それもまた「物語と自分を接続」することになる。

 

そして最後に「この本を読んで、自分はこれからどうしたいと思ったか」「考え方が少し変わったところ、もしくは改めて大事にしていきたい考え方」など、少し未来に目を向けた締めにすることも大切。学校の読書感想文では特に大切だと思う。

 

■まとめ

 

まとめると、読書感想文を書くときは5つのことを意識するといい。

 

1.あらすじは短くまとめる

2.心に残った場面や一文を選ぶ

3.なぜそこが気になったのかを考える

4.自分の生活や経験と結びつける

5.良い感想を書こうとしすぎない

 

この順番で考えると、あらすじだけで終わらない、あなただけの感想文の出来上がり!物語がくれる世界は、想像力を鍛えてくれる。読書感想文の苦手意識が、少しでも軽くなりますように!

 

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若林正恭『青天』感想|アメフトを知らなくても読める、不器用で泥臭い青春小説

人には誰にでも触れられたくないじくじくした感情がある。「あのときこうしてたらよかった」と思うことが、大人になった今でもある。若林正恭さんの『青天』は、苦い気持ちを思い出させてくれる本でもあるし、そんな自分ととことん向き合いたくなる物語だった。

 

■若林正恭の初小説『青天』あらすじ

若林正恭『青天』

青天 | 若林 正恭 |本 | 通販 | Amazon

 

『青天』は、若林さんの初の小説。「アリ」こと高校生の中村昴を主人公とした物語で、アメフトを題材とした小説だ。舞台は1999年。アリが所属するのは総大三高のアメフト部。万年2回戦止まりで、引退大会では強豪に大敗してしまう。引退後、周りが受験に向かう中、アリはどうも身が入らない。不良とつるんでみるものの、どこか「何してんだろ、俺」のような気持ちが拭えない。モヤモヤした気持ちを抱えていたアリは、再びアメフトと向き合う決意をする。

 

若林さんはこの物語でなんと直木賞候補にまでなってしまった。どこまで才能に溢れているんだ。若林さんの文体はとてもすっきりしてわかりやすいのに、モヤモヤした感情や陰っぽい感情も滲み出ているから不思議だ。淡々としていてどこか斜に構えているように見えるけど、実は心の中ではいろんな気持ちが渦巻いているアリの人物像が生々しく伝わってきた。

 

■アメフトを知らなくても読める?

 

さて、本作でネックとなるのが「アメフトを題材としている」というところだと思う。何を隠そう私も若林さんの小説はすぐにでも読みたいと思っていたが、なかなか手に取ることができなかった。アメフトわかんないしな…そもそもスポーツもの得意じゃないしな…と思い続けながらも、直木賞候補作に選ばれたタイミングでやっと購入した。

 

私が抱いた感情は「もっと早く読めばよかった」である。アメフトを題材としていると言っても、メインはあくまでもアリの心情の変化だ。アメフトのルールはまったくわからなくても大丈夫。なんなら私は読み終わった後も別にルールはわかっていない。その程度の理解度で問題ないので、「アメフト」がネックになっている人は安心してほしい。

 

■不器用で泥臭い青春小説 

 

アリは、引退大会で負けた後に「あのときこうしていれば」という気持ちを抱えていた。例えばチームメイトとの距離感など。アリは結構傷つきやすいし、自分で抱えるタイプだ。途中でアリが一旦不良と絡むターンがあるのだが、そこのアリの悶々とした感じがたまらない。何してんだろ、と思いながらも周りに流されてしまう感覚に共感しすぎて心臓がキリキリしてしまった。

 

一度抱えてしまった後悔は、なかなか手放すことができない。しかしアリは弱い自分ととことん向き合っていく。その過程がとても不器用で、高校生の頃の、ぐちゃっとしていて整理できない感情を思い出した。結局は自分と、人とぶつかり合わなければ、相手のことはわからないし、自分のことすらもわからない。後悔は後悔でしかなくて、それを100%解消することなんてできない。過去でもなく未来でもなく「今」に立ち向かっていこうとするアリを見ていると、大人である私まで勇気をもらえた。

 

本作は単なる「さわやかな青春物語」ではない。もっと泥臭くて、もっと不器用な、「生きてる」感じの物語だ。

 

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小林早代子『みんな、好きが下手』感想|本気であるほど、好きが下手になる

自分の『好き』という気持ちに自信がある人はいるだろうか。私はどちらかというと自信があるタイプだったんだけど、時々「おや?もしや私の『好き』は気持ち悪いのでは?」と思うことがある。それはその「好き」の対象に近づけば近づくほどそう思う。

 

■『みんな、好きが下手』/小林早代子

『みんな、好きが下手』/小林早代子

小林早代子さんの『みんな、好きが下手』は大学生のジン太を主人公にした物語。一言で言ってしまうと青春恋愛小説!という感じなんだけど、そんなにさわやかなものではなく、ヒリヒリもたくさん詰まっている。ジン太はいわゆる陽キャのタイプで、家族仲はよくて幼なじみもいて友達もいてまあまあモテる大学生。もうこんな性格なら人生勝ちじゃん!?と思いながら読み進めていると、どうやらそうでもないことに気づく。

 

彼、どうでもいいことはべらべらしゃべれるのに、肝心の言葉がいつも言えない。「好き」「ありがとう」「ごめんね」。正直、ちょっと遠目から見ている分には楽しい男だが、近づいてみると「なんなんお前!?」ってなるタイプである。ただ、ジン太の一人称視点で話が進むため、ずっとジン太のことを憎めない。なんなら愛おしい。

 

■言葉にしないと伝わらないこと

 

ジン太が言えない「好き」「ありがとう」「ごめん」は、本当は言わないと伝わらない。「察してよ」とか「わかるでしょ」とか、言えない立場から言わせればいろいろ理由があるのかもしれないけれど、決して伝わらない。もちろん言わなくても伝わる気持ち、というのはある。例えば、自分が好きだと言ったものを覚えてくれていたり、泣いているときに笑わせてくれたり、辛いときにそばにいてくれたり、そういうこと。しかしそれは、言葉が先にあるからこそ伝わるものでもあると思う。

 

だから、言葉に出来ないジン太が、好きな子とどんどんすれ違ってしまう様は、見ていて可哀想だけれど当たり前だよなぁとも思う。でも、ここでふと自分のことを考える。私は比較的そういったことは言葉にできるタイプだけれど、最初からそうだったのだろうか?

 

■私もかつて、言えなかった

 

自分の記憶を巻き戻していくと、ぴたっと止まる地点がある。それは高校1年生のときだ。その頃私は初めての彼氏ができた。片思いしていた人だったから、告白されたときはもうそりゃあ嬉しくて有頂天になった。しかし、その後つきあうことになって、めちゃくちゃ恥ずかしかった。電話しようと言われても断っていたし、デートもなんならあまりしたくなかった。好きと言うなんてもってのほかで、私は彼からずっと逃げていた。あんなにも大好きだったのに。

 

ダメだと思っていた。こんなことではいけない、と。しかし私が気づいたときにはもう遅くて、彼は明るくて素直な私の友達のことを好きになっていた。私は振られて、彼はその子とつきあった。2人はとても仲が良さそうで、楽しそうだった。なんでああやって出来なかったんだろうな、と何回も後悔した。そして私は思った。ちゃんと好きって言おう。恥ずかしいなら恥ずかしいって言おう。

 

言えば、大体の人はわかってくれる。きっと彼にも「恥ずかしい」と言っていたらわかってくれたはずだ。いや、これはちょっと彼を過信しているかもしれないけど。つまり、言わないで後悔したり、誰かを傷つけたりしてしまったときに、人は自分の気持ちを言葉にしよう、と学ぶのだと思う。

 

■本気であるほど、好きが下手

 

本作は『みんな、好きが下手』というタイトル通り、ジン太以外にも不器用な大学生たちがたくさん登場する。どの子もそれぞれなんだか拗らせていて、読んでいるとハラハラ…というかじくじくする。過去の自分を見ているようで。ジン太は重たい愛を投げかけられるのが得意ではない。でも私はどちらかというと、重たい愛を投げる方の気持ちがわかってしまう。ジン太の一人称で読んでいると「これって迷惑だったんだ…」と思う瞬間もたくさんあって、背筋がちょっとひんやりした。私もおそらくやったことがある、重たい愛を投げること。

 

でも、『みんな、好きが上手』だったらどうなのだろう。それはそれでつまらないのではないか。恋愛って、やっぱり拗らせて拗らせて視野が狭くなってドロドロしてなりふり構わなくなって…みたいな一面がある。だからここまでいろいろな物語になっているし、語られるのだ。不器用だけど今を生きている!!という感じのジン太たちを見ていて、「別に下手でもいっか!」とどこか軽やかな気持ちにもなった。

 

そう、私たちはきっと、本気であればあるほどに、好きが下手なのだ。

 

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夏の近代文学入門|読書感想文にもおすすめの太宰治&夏目漱石3作

学生時代、いわゆる「名作」と呼ばれるものをあまり真剣に読んでこなかった。やはり「難しい」というイメージがあったし、歴史背景などを知らないと理解できないと思っていたからだ。そんな私は、大人になってから太宰治や夏目漱石を読んだ。すると、時代を超えたおもしろさにすっかり魅了された。その中でも特に読みやすかった作品を紹介する。

 

■『人間失格』/太宰治|現代にも通じる「生きづらさ」に触れる

 

まずこの作品、正直に言うと暗い。読み終わると若干ずーん、という気持ちになる。なんてったって書き出しがこうだ。

 

「恥の多い生涯を送って来ました」。

 

そりゃあ暗い。しかしこの生きづらさを描いていることこそが、太宰作品の魅力でもある。主人公は、幼い頃から人間に恐怖を抱き、人間の生活や人が感じる幸せを理解できない葉蔵。自分はその感情がわからないが「どうすれば人が喜ぶのか」ということは理解出来る。そのため葉蔵は、いつも「道化」を演じて人の生活に入り込むことに決める。

 

このあらすじだけでも、どこか現代に通じるものがある。現代はSNSが発達していることもあり、「本来の自分」と「SNS用の自分」を使い分けている人も多い。というか、ほとんどの人がそうではないだろうか。1948年に出版された物語でありながら、現代とリンクする部分が多く、それを踏まえながら読むとかなり読みやすく感じるはずだ。

 

個人的に注目したいのは、葉蔵のモテ要素だ。この男、よくわからないのにとにかくモテる。どんなに近づいても心に触れた感触がない男。どの時代でも、ミステリアスな人は魅力的なのかもしれない。

 

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■『女生徒』/太宰治|少女の心を描く短くさわやかな青春小説

 

本当に『人間失格』を書いた人ですか?と疑いたくなるほど、さわやかな物語、それが『女生徒』。この作品の魅力は、1人の少女の1日の心の動きを丁寧に描いていることだ。正直大きな事件は起こらない。本当に少女の日記を読んでいるような、いや、それよりもっと、自分が少女のような感覚になる物語。

 

思春期は、いろいろなことを考える。少し前まで好きだったものが嫌いになったり、急に親の言うことがうっとうしく感じたり。過ぎてしまえばそれは「思春期だった」と思えるけれど、真っ只中の頃はそうは思えない。学生の場合は「わかる」と共感する部分もあると思うし、自分とリンクさせながら物語を読むこともできると思う。

 

本作は、少女が朝目を覚ましたところから始まって、ただただ1日の生活のことが描かれる。お母さん、なんかムカつくんだよな。死んだお父さんが恋しいなぁ、お姉ちゃんに甘えたいけどお嫁に行っちゃったから無理だよなぁ恋しいなぁ、みたいなことがつらつら描かれる。特にリアルなのは「私はこれからどうなるんだろう」と漠然と不安になっているところ。

 

少女の思考は、どこまでも自由。思考なのだから、何を考えたっていいのだ。自分の心は自分だけのもの。その瞬間に感じる心は、自分だけのもの。そんな簡単なことを、現代に生きているとついつい忘れてしまう。現代人は、忙しい。たまには自分の心だけに、思考だけに集中してみるのもいいのではないか。そんなふうに思えるさわやかな物語だ。

 

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■『こころ』/夏目漱石|恋の魔力を改めて知る

 

国語の教科書にも載る名作『こころ』。これはハッキリと「恋」の物語だ。本作が書かれたのは1914年。なんと今から約111年前である。しかし読んでみると、やはりどこかで共感できる部分がある。人間は「恋」を目の前にすると、自分でも知らなかったどす黒い自分に出会うことになる。

 

本作は前半は『私』、後半は『先生の遺書』で構成される。中でも『先生の遺書』はあまりにも有名だ。前半は緩やかに物語が進み、正直「まどろっこしい!!」と感じることもある。しかし辛抱強く中盤まで読んでいくと、そこから一気に話が進む。前半は、先生のことがよくわからない。絶対に秘密を隠しているということしかわからない。

 

『先生の遺書』には、恋と友情に揺れる先生の葛藤が書かれている。まさしく三角関係。恋を目の前にすると、人間は理性が吹っ飛ぶ。過去の自分の恋を思い出しても「あのとき私おかしかったな…」という恋が、誰にでもあるのではないか。約111年前にもその「理性が吹っ飛ぶ」様子が描かれているのだから、やっぱり恋というものは魔力があるのだ。

 

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この3作で迷ったら、短く読みたい人は『女生徒』、生きづらさに触れたい人は『人間失格』、恋愛の怖さを読みたい人は『こころ』がおすすめ!近代文学はどうしても難しいと思いがちだけど、実は現代とリンクしている部分が多くある。それこそが、これらの物語が長く愛され読み続けられている理由なのかもしれない。

 

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山内マリコ『さみしくなったら名前を呼んで』感想 大人になっても「あの頃」を引きずってしまう私へ

大人になって何年経っても、高校生の頃の感受性のままのような気がしてしまう。あの頃楽しかったこと、傷ついたこと、退屈だったこと、そのすべてがすごく臨場感を持って自分の中に存在しているように思ってしまう。だけどそれは勘違いだ。そんなわけがない。私はちゃんと成長していて、経験していて、進んでいて、生きているから。あの頃の喜びや痛みをそのまままるごと抱えているなんて、そんなことはない。

 

◆山内マリコ『さみしくなったら名前を呼んで』

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『さみしくなったら名前を呼んで』は、女性を主人公にした山内マリコさんの短篇集。ブスと呼ばれ続けた女、年上男に翻弄される女子高生、未来を夢見て踊り続ける14歳、田舎に帰省して親友と再会した女。「何者でもない」ことに懊悩しながらも「何者にもなれる」と思って、ひたむきにあがき続ける女性。きっと多くの人が感じたことのある焦燥感や、やるせなさを描いている。

 

私は、本作や『ここは退屈迎えに来て』のような作品を読むと、心の中がきゅっとなる。彼女たちの気持ちがわかる、と強く思いながらも、もうその感受性が自分の中にないことを実感するから。どこかで「懐かしいな」と、俯瞰して読んでいる自分に気づくから。当たり前ではあるけれど、もう私はあの頃の私のままではないんだな、と少し寂しくもなる。

 

◆なんでもないことがドラマだったあの日々

 

10代や20代前半は、とにかく心が忙しかった。本当に生きるのに必死というか、毎日がドラマのようだった。退屈な日々でさえ、ドラマだった。好きな男子と部活帰りに一緒に行くダイエー、そのフードコートで食べたアイス、緊張しすぎてろくに味がわからなかったチーズバーガー。クレープ屋が潰れて出来たシュークリーム屋、学校の近くの青すぎる空と海。こうして並べてみると、なんてことない景色だ。それでもあの頃は、その景色が、1秒1秒意味があった。

 

このような物語を読むと、そんな光景が、頭の中でチカチカする。決して戻れなくて、その頃の自分ももういない。だけど、ずっと心の中で光り続ける思い出。あぁ、私はおばあちゃんになっても、ずっとこんな気持ちでいるのかなぁ。ずっとずっと昔の思い出や昔の自分を懐かしんでいるのかなぁ。

 

そこまで考えて、寂しくて虚しくなると同時に、それでもいいのかも、とも思った。あの頃と同じままでいられなくても、その時の気持ちを忘れない限り、あの頃の私は、今の私の中にも確かにいるから。何歳になっても、心の中でひょっこり顔を出すことがきっとある。こうやって今みたいにセンチメンタルな気持ちになってしまうとき、「お、また来たね?元気だった?」って言えるような、そんな大人でありたいと思う。

 

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瀬尾まいこ『私たちの世代は』感想 あのとき言えなかった「ありがとう」を思い出す物語

私は、大学生活が大嫌いだった。別に何があったわけではないのに何をしていてもつまらなくて「辞めたいな」と何度も思っていた。ただ、大人になった今、私は大きな後悔を抱えている。瀬尾まいこさんの『私たちの世代は』は、私のその後悔をさらに色濃く心に浮かび上がらせるような物語だった。彼女の描く物語があまりにも優しくて、愛情にあふれていて。

 

◆『私たちの世代は』/瀬尾まいこ

瀬尾まいこ『私たちの世代は』

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『私たちの世代は』は、感染症の流行で小学校が休校になり、不自由を余儀なくされた冴と心晴の物語。テーマがテーマなだけに、少し構えてしまう部分があるかもしれないが、瀬尾さんの物語はいつも優しさと愛情に満ちている。

 

本作は冴と心晴の小学校時代から始まり、大人になるまでを描いていて、多感な時期に人と交流することが難しかった二人がどのように成長したかが見えるお話。子どもの頃って、大人が言っている「正論」のようなことが理解できなかったり、「大人はなんにもわかってない」と思うことが多かったりする。自分のことを振り返ると、それは周りの友達に対してもそう感じてしまうことがあった。誰も私のことわかってくれないじゃん、って。

 

◆あの頃言えなかった「ありがとう」を思い出す物語

 

冴と心晴は、それぞれに人との関係に悩みながら大人になり「人と言葉を交わすこと」や「人のことを想像すること」の大切さを学んでいく。この物語を読んで、私は大学時代の友達のことを思い出していた。自分で決めて入学した大学なのに、私は大学生活がものすごく嫌いだった。とにかく毎日つまらなくて、授業もあまり真面目に受けていなかったし、サークルにも部活にも入らず、空いた時間はバイトばかりしていた。社会を知ることが出来るバイトの方がそのときは楽しくて、バイト仲間の方が大切だった。

 

それでも大学生活で私がひとりになる瞬間は一瞬もなかった。大学の友達は、いつも私のことを気にかけてくれていて、授業をサボった時も、明らかにやる気がない時もいつも心配して側にいてくれたし、遊びにもよく誘ってくれた。この時の私ときたら「なんでこんな態度の私のことを大切にしてくれるんだろう」と本気で疑問に思っていた。正直今振り返っても同じことを思っている。

 

大学を卒業すると、私は彼女たちの連絡先を消したし、彼女たちとは二度と会うことがなかった。誘われた卒業旅行さえ行かなかった。でも大人になった今、気付いたのだ。私の大学生活は、彼女たちなしではもっとつまらないものだった、ということに。「つまらない」と言いながらも人間関係で嫌な思いをしたことは一度もなく、卒業できたのは、きっと彼女たちの優しさのおかげだった。

 

私は、想像力が足りていなかった。誘っても誘っても断る私のことを、彼女たちがどんな思いで誘ってくれていたか。卒業したらなんの音沙汰もない私のことを、どういうふうに思ったか。私は嫌な思いをしたことがないけれど、彼女たちは嫌な思いを何度もしていたんじゃないか。そのことに考えが至ったとき、心臓がひゅっと音を立てるような感じがした。

 

この物語を読んで、冴と心晴の成長を追って、私の頭には苦々しいその記憶が浮かんだ。今はこんなに言葉が大切だと思えているのに、なんであの時はわからなかったのだろう。なんであの時「ありがとう」と言えなかったのだろう。今突然連絡をしても怖いだろうし、正直私の自己満足だ。わかってはいるけれど、冴と心晴が言葉を尽くして人と関わり、少し勇気を出して一歩進んでいく姿を見て、あのとき言えなかった「ありがとう」を、今からでも言いたい、と思った。

 

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