谷崎潤一郎の『痴人の愛』。100年ほど前に書かれた本作は、もう少し読みにくい作品なのかと思っていた。しかしそこに書かれていたのは、現代にもリンクする物語だった。男女間の「支配」とハラハラする展開。そこまで難しい言葉もなく、あっという間に読み切ることができた。これは100年前に書かれた『沼』の物語だ。
■谷崎潤一郎『痴人の愛』あらすじ

主人公はきまじめなサラリーマン・河合譲治。彼は西洋に憧れがあり、カフェでどこか西洋風の顔をしている美少女・ナオミと出会う。譲治はナオミを「良い女」に育てあげ、のちに妻にする。しかし、譲治が独占していたはずのナオミの周りには、いつしか不良学生が集まっていた。大人になっていくにつれて妖艶さを増すナオミに、譲治はいつしか虜になっていく。
■『痴人の愛』は思っていたよりずっと読みやすい
本作は100年前の作品ということで、最後まで読めるかなぁ…と不安を抱えながら読み始めた。ただ、去年読んだ太宰治の『人間失格』や夏目漱石の『こころ』をかなりおもしろく読めたため、チャレンジしてみることに。この作品は「私はこれから、あまり世間に類例がないだろうと思われる私達夫婦の間柄に就いて、出来るだけ正直に、ざっくばらんに、有りのままの事実を書いて見ようと思います」という譲治の独白から始まる。
人は他人の恋愛話が大好き!みたいなところもあると思う。少なくとも私はそう。この書き出しで「これからどんな話が聞けるんだい?」とワクワクしながら読み始めた。昔の作品ではあるけれど、すごく難しい言葉が使われているかというとそうでもない。わからない言葉は注釈を見ながら読んだけど、見なくても8割〜9割は理解できると思う。
100年前といっても古い感じはせず、時代背景が違うだけで十分現代にもリンクしている話だと感じた。少し設定を変えたら今のドラマにもできそう。パパ活を題材にするとか。実際、2024年に映画化されている。
■立場が逆転していくおもしろさ
本作のおもしろさは、その逆転構造だ。最初、譲治はナオミを良い女に育てる目的で迎え入れたのに、結局彼女の沼にズブズブになってしまい、そして最後は彼女に主導権を奪われ、とんでもない約束をする。その立場が逆転していく様が滑稽で、でもどこかじくじくするから不思議。
めちゃくちゃ冷静な目で見ると譲治のことを「バカだなぁ…」と思うかもしれない。しかし私は、そこまで一刀両断に「バカ!」と冷笑することは出来なかった。それは、私にも周りが見えないくらいに恋に溺れたことがあるから。推しに課金をしまくったことがあるから。そして最後に「私何してるんだろう…」って虚しくなった経験もあるから。むしろここまでがセット。譲治は性癖がちょっとね、あれだけど、譲治のナオミ沼にズブズブになっていく感じは案外現代的だと感じた。
■「対等な関係」を望みながら、ナオミを支配していた譲治
肝なのは、譲治はおそらく自分ではナオミのことを支配しているつもりはなく、本当にナオミのことを育てる、良い女にする、と思っていたこと。そして本気で「自分は感謝されるべきことをしている」と信じ込んでいること。譲治はナオミと「友達のような関係」を求めていた。その考えは当時からすると結構現代的だったのかもしれない。そもそも彼はモダンガールに憧れていて、西洋に憧れていた。だから西洋顔のナオミを気に入って、選んだ。
かなり歳下の女の子を自分の手元に置いて、勉強を習わせて体も洗ってやって、服を買い与えて、「対等な関係」を求めているように見えるけど、譲治は結局ナオミのことを支配している。そこには対等な関係なんてどこにもない。
譲治の一人称で語られていることもあって、私たちはナオミを譲治のフィルターがかかった状態で見ることになる。しかし、読み終わっても私たちはナオミの内面がよくわからない。ナオミの容姿や仕草は事細かく書いてあって想像できるのに、中身が何もわからない。それは、譲治がナオミの内面を全然見てなかったということだ、という答え合わせになる。譲治は最初からずっと、ナオミを「自分の理想の女」に育て上げようとしたのだ。
■ナオミは悪女なのか?
ナオミは途中から、その強かさというか、生存能力のようなものを発揮する。譲治を惑わせるし、駆け引きをする。彼女は、譲治の好みや、逆に譲治がされたら嫌なところを完璧に理解している。だから譲治に揺さぶりをかけられるのだ。
当時の読者がナオミのことをどう思っていたかはわからないけど、今の私たちが見ると、ナオミはかっこいいなぁとも思うし、普通に社会に出ていたらめちゃくちゃ仕事が出来る女性なのでは?と思う。相手の求めていることがわかって、それに合わせることが出来るのだから。
譲治は自分の過ち、業の深さのようなものをおそらく最後まで理解していない。おそらくなんでこんなことになってしまったのかもわかっていない。ナオミが内側から譲治を喰った、みたいな怖さもあるし、「あんまり人のことを舐めてかかるなよ」みたいな教訓のようにも私は読めた。
■結局は「惚れたが負け」
でも最終的に私が思ったのは「惚れたが負け」ということ。これは昔も今も変わらないんじゃないかな。
物語のおもしろいところは、時代によって読み取り方が変わるところだ。当時の読者はナオミのことをとんでもない悪女だと思っていたかもしれないけど、今の私たち、少なくとも私はそうではない。
私はナオミのことを「悪女」と言いきれないし、むしろ強い女だと思う。当時の人たちはナオミのことをどう思っていたのだろうか。きっと文化や認識のズレで、物語の印象はガラッと変わる。いつかの未来、もっともっと技術が発達して過去の人と話ができるようになったら、私はこの話のことを語り合ってみたい。
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