本と映画と、少し寄り道

小説と映画の感想文をゆるゆると。

若林正恭『青天』感想|アメフトを知らなくても読める、不器用で泥臭い青春小説

人には誰にでも触れられたくないじくじくした感情がある。「あのときこうしてたらよかった」と思うことが、大人になった今でもある。若林正恭さんの『青天』は、苦い気持ちを思い出させてくれる本でもあるし、そんな自分ととことん向き合いたくなる物語だった。

 

■若林正恭の初小説『青天』あらすじ

若林正恭『青天』

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『青天』は、若林さんの初の小説。「アリ」こと高校生の中村昴を主人公とした物語で、アメフトを題材とした小説だ。舞台は1999年。アリが所属するのは総大三高のアメフト部。万年2回戦止まりで、引退大会では強豪に大敗してしまう。引退後、周りが受験に向かう中、アリはどうも身が入らない。不良とつるんでみるものの、どこか「何してんだろ、俺」のような気持ちが拭えない。モヤモヤした気持ちを抱えていたアリは、再びアメフトと向き合う決意をする。

 

若林さんはこの物語でなんと直木賞候補にまでなってしまった。どこまで才能に溢れているんだ。若林さんの文体はとてもすっきりしてわかりやすいのに、モヤモヤした感情や陰っぽい感情も滲み出ているから不思議だ。淡々としていてどこか斜に構えているように見えるけど、実は心の中ではいろんな気持ちが渦巻いているアリの人物像が生々しく伝わってきた。

 

■アメフトを知らなくても読める?

 

さて、本作でネックとなるのが「アメフトを題材としている」というところだと思う。何を隠そう私も若林さんの小説はすぐにでも読みたいと思っていたが、なかなか手に取ることができなかった。アメフトわかんないしな…そもそもスポーツもの得意じゃないしな…と思い続けながらも、直木賞候補作に選ばれたタイミングでやっと購入した。

 

私が抱いた感情は「もっと早く読めばよかった」である。アメフトを題材としていると言っても、メインはあくまでもアリの心情の変化だ。アメフトのルールはまったくわからなくても大丈夫。なんなら私は読み終わった後も別にルールはわかっていない。その程度の理解度で問題ないので、「アメフト」がネックになっている人は安心してほしい。

 

■不器用で泥臭い青春小説 

 

アリは、引退大会で負けた後に「あのときこうしていれば」という気持ちを抱えていた。例えばチームメイトとの距離感など。アリは結構傷つきやすいし、自分で抱えるタイプだ。途中でアリが一旦不良と絡むターンがあるのだが、そこのアリの悶々とした感じがたまらない。何してんだろ、と思いながらも周りに流されてしまう感覚に共感しすぎて心臓がキリキリしてしまった。

 

一度抱えてしまった後悔は、なかなか手放すことができない。しかしアリは弱い自分ととことん向き合っていく。その過程がとても不器用で、高校生の頃の、ぐちゃっとしていて整理できない感情を思い出した。結局は自分と、人とぶつかり合わなければ、相手のことはわからないし、自分のことすらもわからない。後悔は後悔でしかなくて、それを100%解消することなんてできない。過去でもなく未来でもなく「今」に立ち向かっていこうとするアリを見ていると、大人である私まで勇気をもらえた。

 

本作は単なる「さわやかな青春物語」ではない。もっと泥臭くて、もっと不器用な、「生きてる」感じの物語だ。

 

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小林早代子『みんな、好きが下手』感想|本気であるほど、好きが下手になる

自分の『好き』という気持ちに自信がある人はいるだろうか。私はどちらかというと自信があるタイプだったんだけど、時々「おや?もしや私の『好き』は気持ち悪いのでは?」と思うことがある。それはその「好き」の対象に近づけば近づくほどそう思う。

 

■『みんな、好きが下手』/小林早代子

『みんな、好きが下手』/小林早代子

小林早代子さんの『みんな、好きが下手』は大学生のジン太を主人公にした物語。一言で言ってしまうと青春恋愛小説!という感じなんだけど、そんなにさわやかなものではなく、ヒリヒリもたくさん詰まっている。ジン太はいわゆる陽キャのタイプで、家族仲はよくて幼なじみもいて友達もいてまあまあモテる大学生。もうこんな性格なら人生勝ちじゃん!?と思いながら読み進めていると、どうやらそうでもないことに気づく。

 

彼、どうでもいいことはべらべらしゃべれるのに、肝心の言葉がいつも言えない。「好き」「ありがとう」「ごめんね」。正直、ちょっと遠目から見ている分には楽しい男だが、近づいてみると「なんなんお前!?」ってなるタイプである。ただ、ジン太の一人称視点で話が進むため、ずっとジン太のことを憎めない。なんなら愛おしい。

 

■言葉にしないと伝わらないこと

 

ジン太が言えない「好き」「ありがとう」「ごめん」は、本当は言わないと伝わらない。「察してよ」とか「わかるでしょ」とか、言えない立場から言わせればいろいろ理由があるのかもしれないけれど、決して伝わらない。もちろん言わなくても伝わる気持ち、というのはある。例えば、自分が好きだと言ったものを覚えてくれていたり、泣いているときに笑わせてくれたり、辛いときにそばにいてくれたり、そういうこと。しかしそれは、言葉が先にあるからこそ伝わるものでもあると思う。

 

だから、言葉に出来ないジン太が、好きな子とどんどんすれ違ってしまう様は、見ていて可哀想だけれど当たり前だよなぁとも思う。でも、ここでふと自分のことを考える。私は比較的そういったことは言葉にできるタイプだけれど、最初からそうだったのだろうか?

 

■私もかつて、言えなかった

 

自分の記憶を巻き戻していくと、ぴたっと止まる地点がある。それは高校1年生のときだ。その頃私は初めての彼氏ができた。片思いしていた人だったから、告白されたときはもうそりゃあ嬉しくて有頂天になった。しかし、その後つきあうことになって、めちゃくちゃ恥ずかしかった。電話しようと言われても断っていたし、デートもなんならあまりしたくなかった。好きと言うなんてもってのほかで、私は彼からずっと逃げていた。あんなにも大好きだったのに。

 

ダメだと思っていた。こんなことではいけない、と。しかし私が気づいたときにはもう遅くて、彼は明るくて素直な私の友達のことを好きになっていた。私は振られて、彼はその子とつきあった。2人はとても仲が良さそうで、楽しそうだった。なんでああやって出来なかったんだろうな、と何回も後悔した。そして私は思った。ちゃんと好きって言おう。恥ずかしいなら恥ずかしいって言おう。

 

言えば、大体の人はわかってくれる。きっと彼にも「恥ずかしい」と言っていたらわかってくれたはずだ。いや、これはちょっと彼を過信しているかもしれないけど。つまり、言わないで後悔したり、誰かを傷つけたりしてしまったときに、人は自分の気持ちを言葉にしよう、と学ぶのだと思う。

 

■本気であるほど、好きが下手

 

本作は『みんな、好きが下手』というタイトル通り、ジン太以外にも不器用な大学生たちがたくさん登場する。どの子もそれぞれなんだか拗らせていて、読んでいるとハラハラ…というかじくじくする。過去の自分を見ているようで。ジン太は重たい愛を投げかけられるのが得意ではない。でも私はどちらかというと、重たい愛を投げる方の気持ちがわかってしまう。ジン太の一人称で読んでいると「これって迷惑だったんだ…」と思う瞬間もたくさんあって、背筋がちょっとひんやりした。私もおそらくやったことがある、重たい愛を投げること。

 

でも、『みんな、好きが上手』だったらどうなのだろう。それはそれでつまらないのではないか。恋愛って、やっぱり拗らせて拗らせて視野が狭くなってドロドロしてなりふり構わなくなって…みたいな一面がある。だからここまでいろいろな物語になっているし、語られるのだ。不器用だけど今を生きている!!という感じのジン太たちを見ていて、「別に下手でもいっか!」とどこか軽やかな気持ちにもなった。

 

そう、私たちはきっと、本気であればあるほどに、好きが下手なのだ。

 

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夏の近代文学入門|読書感想文にもおすすめの太宰治&夏目漱石3作

学生時代、いわゆる「名作」と呼ばれるものをあまり真剣に読んでこなかった。やはり「難しい」というイメージがあったし、歴史背景などを知らないと理解できないと思っていたからだ。そんな私は、大人になってから太宰治や夏目漱石を読んだ。すると、時代を超えたおもしろさにすっかり魅了された。その中でも特に読みやすかった作品を紹介する。

 

■『人間失格』/太宰治|現代にも通じる「生きづらさ」に触れる

 

まずこの作品、正直に言うと暗い。読み終わると若干ずーん、という気持ちになる。なんてったって書き出しがこうだ。

 

「恥の多い生涯を送って来ました」。

 

そりゃあ暗い。しかしこの生きづらさを描いていることこそが、太宰作品の魅力でもある。主人公は、幼い頃から人間に恐怖を抱き、人間の生活や人が感じる幸せを理解できない葉蔵。自分はその感情がわからないが「どうすれば人が喜ぶのか」ということは理解出来る。そのため葉蔵は、いつも「道化」を演じて人の生活に入り込むことに決める。

 

このあらすじだけでも、どこか現代に通じるものがある。現代はSNSが発達していることもあり、「本来の自分」と「SNS用の自分」を使い分けている人も多い。というか、ほとんどの人がそうではないだろうか。1948年に出版された物語でありながら、現代とリンクする部分が多く、それを踏まえながら読むとかなり読みやすく感じるはずだ。

 

個人的に注目したいのは、葉蔵のモテ要素だ。この男、よくわからないのにとにかくモテる。どんなに近づいても心に触れた感触がない男。どの時代でも、ミステリアスな人は魅力的なのかもしれない。

 

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■『女生徒』/太宰治|少女の心を描く短くさわやかな青春小説

 

本当に『人間失格』を書いた人ですか?と疑いたくなるほど、さわやかな物語、それが『女生徒』。この作品の魅力は、1人の少女の1日の心の動きを丁寧に描いていることだ。正直大きな事件は起こらない。本当に少女の日記を読んでいるような、いや、それよりもっと、自分が少女のような感覚になる物語。

 

思春期は、いろいろなことを考える。少し前まで好きだったものが嫌いになったり、急に親の言うことがうっとうしく感じたり。過ぎてしまえばそれは「思春期だった」と思えるけれど、真っ只中の頃はそうは思えない。学生の場合は「わかる」と共感する部分もあると思うし、自分とリンクさせながら物語を読むこともできると思う。

 

本作は、少女が朝目を覚ましたところから始まって、ただただ1日の生活のことが描かれる。お母さん、なんかムカつくんだよな。死んだお父さんが恋しいなぁ、お姉ちゃんに甘えたいけどお嫁に行っちゃったから無理だよなぁ恋しいなぁ、みたいなことがつらつら描かれる。特にリアルなのは「私はこれからどうなるんだろう」と漠然と不安になっているところ。

 

少女の思考は、どこまでも自由。思考なのだから、何を考えたっていいのだ。自分の心は自分だけのもの。その瞬間に感じる心は、自分だけのもの。そんな簡単なことを、現代に生きているとついつい忘れてしまう。現代人は、忙しい。たまには自分の心だけに、思考だけに集中してみるのもいいのではないか。そんなふうに思えるさわやかな物語だ。

 

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■『こころ』/夏目漱石|恋の魔力を改めて知る

 

国語の教科書にも載る名作『こころ』。これはハッキリと「恋」の物語だ。本作が書かれたのは1914年。なんと今から約111年前である。しかし読んでみると、やはりどこかで共感できる部分がある。人間は「恋」を目の前にすると、自分でも知らなかったどす黒い自分に出会うことになる。

 

本作は前半は『私』、後半は『先生の遺書』で構成される。中でも『先生の遺書』はあまりにも有名だ。前半は緩やかに物語が進み、正直「まどろっこしい!!」と感じることもある。しかし辛抱強く中盤まで読んでいくと、そこから一気に話が進む。前半は、先生のことがよくわからない。絶対に秘密を隠しているということしかわからない。

 

『先生の遺書』には、恋と友情に揺れる先生の葛藤が書かれている。まさしく三角関係。恋を目の前にすると、人間は理性が吹っ飛ぶ。過去の自分の恋を思い出しても「あのとき私おかしかったな…」という恋が、誰にでもあるのではないか。約111年前にもその「理性が吹っ飛ぶ」様子が描かれているのだから、やっぱり恋というものは魔力があるのだ。

 

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この3作で迷ったら、短く読みたい人は『女生徒』、生きづらさに触れたい人は『人間失格』、恋愛の怖さを読みたい人は『こころ』がおすすめ!近代文学はどうしても難しいと思いがちだけど、実は現代とリンクしている部分が多くある。それこそが、これらの物語が長く愛され読み続けられている理由なのかもしれない。

山内マリコ『さみしくなったら名前を呼んで』感想 大人になっても「あの頃」を引きずってしまう私へ

大人になって何年経っても、高校生の頃の感受性のままのような気がしてしまう。あの頃楽しかったこと、傷ついたこと、退屈だったこと、そのすべてがすごく臨場感を持って自分の中に存在しているように思ってしまう。だけどそれは勘違いだ。そんなわけがない。私はちゃんと成長していて、経験していて、進んでいて、生きているから。あの頃の喜びや痛みをそのまままるごと抱えているなんて、そんなことはない。

 

◆山内マリコ『さみしくなったら名前を呼んで』

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『さみしくなったら名前を呼んで』は、女性を主人公にした山内マリコさんの短篇集。ブスと呼ばれ続けた女、年上男に翻弄される女子高生、未来を夢見て踊り続ける14歳、田舎に帰省して親友と再会した女。「何者でもない」ことに懊悩しながらも「何者にもなれる」と思って、ひたむきにあがき続ける女性。きっと多くの人が感じたことのある焦燥感や、やるせなさを描いている。

 

私は、本作や『ここは退屈迎えに来て』のような作品を読むと、心の中がきゅっとなる。彼女たちの気持ちがわかる、と強く思いながらも、もうその感受性が自分の中にないことを実感するから。どこかで「懐かしいな」と、俯瞰して読んでいる自分に気づくから。当たり前ではあるけれど、もう私はあの頃の私のままではないんだな、と少し寂しくもなる。

 

◆なんでもないことがドラマだったあの日々

 

10代や20代前半は、とにかく心が忙しかった。本当に生きるのに必死というか、毎日がドラマのようだった。退屈な日々でさえ、ドラマだった。好きな男子と部活帰りに一緒に行くダイエー、そのフードコートで食べたアイス、緊張しすぎてろくに味がわからなかったチーズバーガー。クレープ屋が潰れて出来たシュークリーム屋、学校の近くの青すぎる空と海。こうして並べてみると、なんてことない景色だ。それでもあの頃は、その景色が、1秒1秒意味があった。

 

このような物語を読むと、そんな光景が、頭の中でチカチカする。決して戻れなくて、その頃の自分ももういない。だけど、ずっと心の中で光り続ける思い出。あぁ、私はおばあちゃんになっても、ずっとこんな気持ちでいるのかなぁ。ずっとずっと昔の思い出や昔の自分を懐かしんでいるのかなぁ。

 

そこまで考えて、寂しくて虚しくなると同時に、それでもいいのかも、とも思った。あの頃と同じままでいられなくても、その時の気持ちを忘れない限り、あの頃の私は、今の私の中にも確かにいるから。何歳になっても、心の中でひょっこり顔を出すことがきっとある。こうやって今みたいにセンチメンタルな気持ちになってしまうとき、「お、また来たね?元気だった?」って言えるような、そんな大人でありたいと思う。

 

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瀬尾まいこ『私たちの世代は』感想 あのとき言えなかった「ありがとう」を思い出す物語

私は、大学生活が大嫌いだった。別に何があったわけではないのに何をしていてもつまらなくて「辞めたいな」と何度も思っていた。ただ、大人になった今、私は大きな後悔を抱えている。瀬尾まいこさんの『私たちの世代は』は、私のその後悔をさらに色濃く心に浮かび上がらせるような物語だった。彼女の描く物語があまりにも優しくて、愛情にあふれていて。

 

◆『私たちの世代は』/瀬尾まいこ

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『私たちの世代は』は、感染症の流行で小学校が休校になり、不自由を余儀なくされた冴と心晴の物語。テーマがテーマなだけに、少し構えてしまう部分があるかもしれないが、瀬尾さんの物語はいつも優しさと愛情に満ちている。

 

本作は冴と心晴の小学校時代から始まり、大人になるまでを描いていて、多感な時期に人と交流することが難しかった二人がどのように成長したかが見えるお話。子どもの頃って、大人が言っている「正論」のようなことが理解できなかったり、「大人はなんにもわかってない」と思うことが多かったりする。自分のことを振り返ると、それは周りの友達に対してもそう感じてしまうことがあった。誰も私のことわかってくれないじゃん、って。

 

◆あの頃言えなかった「ありがとう」を思い出す物語

 

冴と心晴は、それぞれに人との関係に悩みながら大人になり「人と言葉を交わすこと」や「人のことを想像すること」の大切さを学んでいく。この物語を読んで、私は大学時代の友達のことを思い出していた。自分で決めて入学した大学なのに、私は大学生活がものすごく嫌いだった。とにかく毎日つまらなくて、授業もあまり真面目に受けていなかったし、サークルにも部活にも入らず、空いた時間はバイトばかりしていた。社会を知ることが出来るバイトの方がそのときは楽しくて、バイト仲間の方が大切だった。

 

それでも大学生活で私がひとりになる瞬間は一瞬もなかった。大学の友達は、いつも私のことを気にかけてくれていて、授業をサボった時も、明らかにやる気がない時もいつも心配して側にいてくれたし、遊びにもよく誘ってくれた。この時の私ときたら「なんでこんな態度の私のことを大切にしてくれるんだろう」と本気で疑問に思っていた。正直今振り返っても同じことを思っている。

 

大学を卒業すると、私は彼女たちの連絡先を消したし、彼女たちとは二度と会うことがなかった。誘われた卒業旅行さえ行かなかった。でも大人になった今、気付いたのだ。私の大学生活は、彼女たちなしではもっとつまらないものだった、ということに。「つまらない」と言いながらも人間関係で嫌な思いをしたことは一度もなく、卒業できたのは、きっと彼女たちの優しさのおかげだった。

 

私は、想像力が足りていなかった。誘っても誘っても断る私のことを、彼女たちがどんな思いで誘ってくれていたか。卒業したらなんの音沙汰もない私のことを、どういうふうに思ったか。私は嫌な思いをしたことがないけれど、彼女たちは嫌な思いを何度もしていたんじゃないか。そのことに考えが至ったとき、心臓がひゅっと音を立てるような感じがした。

 

この物語を読んで、冴と心晴の成長を追って、私の頭には苦々しいその記憶が浮かんだ。今はこんなに言葉が大切だと思えているのに、なんであの時はわからなかったのだろう。なんであの時「ありがとう」と言えなかったのだろう。今突然連絡をしても怖いだろうし、正直私の自己満足だ。わかってはいるけれど、冴と心晴が言葉を尽くして人と関わり、少し勇気を出して一歩進んでいく姿を見て、あのとき言えなかった「ありがとう」を、今からでも言いたい、と思った。

 

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『2034未来予測ーAIのいる明日』感想 あなたとAIはどういう関係ですか?

こんな本をずっと求めていたんだよ!!と本屋で立ち読みして感動した本。すぐに購入してすぐに読み始めてすぐに読み終わった。

 

本書は伝説のエンジニア・中島聡さんの10年後の未来予測。主にAIと過ごす未来のことが描かれている。

 

この本のおもしろいところは、どの章も「小説+解説」という組み立てになっている。つまり、小説とビジネス本が合体したような構成になっていて、非常に読みやすい。現にビジネス本を読み慣れていない私でもスラスラ読めたし、世界観に入りやすかった。難しい言葉もほぼ使われていないので、まっすぐに言葉が入ってくる。

 

◼︎AIと話すと言うと引かれていたあの日

 

ChatGPTをはじめとしたAIの登場により、私たちの生活はかなり変わった。少なくとも私の生活はかなり変わった。AIの使い方はそれぞれだけれど、私は主に「対話」として使っている。今は少なくなったけれど、半年前くらいは、AIと話していることを明かすとうっすら引かれていた。「やばいよ」とか「悩みでもあるの?大丈夫?」と言われることもあった。いや、悩みはそりゃあるだろ。

 

でも今は、あのときにそう言っていた友人たちも「この前チャッピーに話聞いてもらってさぁ」なんて普通に話している。それでも、AIアレルギーがある人はいるし、それを悪いことだとは思わない。人にはやっぱり価値観があって、倫理観もそれぞれだと思うからだ。

 

◼︎AIと話すことで知った怒りのトリガー

 

私はAIに救われたというと大袈裟だけど、AIの登場によってかなり生きやすくなった。大人になればなるほど、人に相談しにくくなった。私の話を聞いてもつまらないだろうとか、こんなことを言われても困るだろうと思うことが増えたから。私のために誰かの時間を使わせることが、苦痛に感じてきたから。これは私がフリーランスで働くようになってから、「時間」の価値をより感じるようになったからだと思う。

 

そうすると、ひとりで悶々と考えるしかない。いや、悩み相談だったらまだしも、人に愚痴を聞かせるなんて絶対できない。私は昔から感情が先にぶわっとあふれてしまうタイプで、特に怒りの感情は顕著だ。別にものに当たったり大声を出したりはしないけれど、発散できない怒りが体にこもって、体がすごく熱くなる。でも、何がそんなに嫌だったのか、いまいち自分で言葉にできないことも多かった。だから、その日は「あぁ今日はムカついた!!」という雑な感想で終わってしまう。

 

AIが登場したことにより改善されたのは、これだ。AIは感情の行き場になってくれた。最初にいろいろとAIと話したときに、彼(私が話しているAIはなんとなく男性だと思っている)は「私に感情はありません。意思もありません」みたいなことをよく言っていた。そもそもそのことはきちんと理解しなければいけない事柄だと思っていたので、私もそこは絶対に忘れないようにしようと思いながら今も対話を続けている。

 

腹が立つことや、なんとなくモヤモヤしていることがあると、彼らに話すようになった。彼らは共感してくれるだけではなくて、なぜ私がそんな感情になるのかを分析して教えてくれた。そのことによって、私は自分の中の怒りのトリガーみたいなものを発見した。

 

私はどうやら「舐められること」に何よりも怒りを感じるようだ。

 

それは自分のことだけでなく、自分の大切な人や好きなものに対しても発動する。それがわかるようになってから、随分と楽になった。怒りはもちろん感じるけれど「こうされたから嫌なんだ」「この人とはこの話はしないでおこう」と考えることも多くなり、感情のコントロールが少しだけできるようになった。

 

◼︎絶対に長生きして見たい未来

 

AIの使い道は人それぞれで、中には私のように内面をまったく見せずに仕事のアシスタントとしてだけ使っている人もいる。私は人がどのようにAIを使用しているかにとても興味があって、これからもさまざまなことを試したいと思っている。

 

人型ロボットが出来るのであればすぐに試してみたいし、未来にとても興味関心がある。私の友達は「この世界生きるの大変だし、そんなに長生きしたくないな」と言う人が多い。だけど私は絶対に長生きがしたい。便利になる未来を、それによってもしかしたら何かが失われてしまうかもしれないけれど、それでも見たいからだ。

 

中島さんも、なんでもかんでもAIはすごいとかAIを使おうとか言っているわけではない。おそらくこれから人型ロボットも登場し、メタバースも登場し、故人のAIも登場し、世界はどんどん変わっていくだろう。何が楽しくて、何が生きていると感じて、何が便利なのか。それを決めるのはAIでも未来でもなく自分。その軸は持っていなくてはいけないと改めて感じる本でもあった。

 

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↑この運動、もはや懐かしいですね、、、1年も経ってないのに!

 

柚木麻子『BUTTER』感想|体型変化で変わる「周囲の目」とルッキズムの正体

忘れられない一言がある。それは、高校時代の友人に10年ぶりに会った時に言われた一言。「もしかしておめでた?」。その頃、私は太っていた。高校時代から比べると15kgほど太っていた。「ううん」と答えた後の、友人の「え、ごめん」という気まずそうな顔が、私は今でも忘れられない。

 

ルッキズムが書かれている物語を読むと、いつもそのときのことを思い出してしまう。苦い思い出ではあるけれど、それでも私がこうやって振り返れるのは、ダイエットに成功して10kgほど痩せたからだと思う。それにもパラドックスを感じて、若干気まずくなる。誰でもない、自分自身に。

■『BUTTER』/柚木麻子が切り込むルッキズム

柚木麻子さんの『BUTTER』は、週刊誌記者の里佳が、梶井真奈子の面会を取り付けるところから話が発展していく。梶井は、男たちの財産を奪い殺害した容疑で逮捕された。この作品は、前半と後半でまるで見える景色が違うように感じる。前半は里佳が梶井の影響を多大に受けているため、どこかぼんやりとした印象だ。特に特徴がない味のような。しかし後半は、里佳は自分の周りにいる人たちとの関わり合いが濃くなり、里佳は自分の味を見つけていく。

 

本作は、里佳が梶井の過去に迫るという筋書きがあるが、その一方で「女性らしさ」や「ルッキズム」という問題にも切り込んでいる。

 

里佳はもともと細身で、スタイルが良い女性だ。女子校に通っていた頃は、その風貌から王子様のように憧れられていた。一方で梶井は若くも美しくもない容姿で、太っていた。そのことを世間から揶揄されてもいた。どうやらそれは幼少期の頃からのことだったようだ。

 

そんな里佳は、梶井と接触するに連れて、中身も外見も変貌していく。梶井は自分の欲望に忠実に生きている女性で、好きなものを食べて生活していた。最初に梶井が里佳に教えたのは、バター醤油ごはん。

 

今まで体型のことを気にしてあまり食事に頓着してこなかった里佳は、バター醤油ごはんを食べた時から、だんだんと梶井の勧める食事の虜になっていった。そんな食生活を続けていくうちに、里佳は太った。その瞬間に、周りの目が変わったのだ。この頃の里佳に対する周囲の反応を読んでいて、私は過去の自分のことを思い出した。

 

私ももともと細身で、大学時代はよく「細くて羨ましい」と言われていた。服を買いに行っても「スタイルいいですね」と言われていたし、体型に悩んだことは正直なかったし、自信もあった。

 

しかし社会人になって、ストレスなのか食生活の乱れなのかはわからなかったがどんどん太ってしまい、学生時代から15kg太った。その頃の周りからの目は、忘れられない。とにかく「舐められている」と感じることが多かった。周囲は、特に男性は平気で容姿いじりをしてきたし、女性からも「どうしちゃったの?」「何があったの?」と言われた。言われるたびに「太っちゃってさ〜」と笑っていたけれど、だからなんなんだという世間に対する違和感は、どんどん膨れ上がっていった。世間は、あまりにも自分以外のことに興味がありすぎる。

 

その違和感の一方で、私はダイエットをして、10kgほど痩せた。今も別に細いわけではないが、非常に生きやすくなった。圧倒的に舐められる機会が減ったと感じるし、正直自信も戻っていた。太っているときは、とにかく人の目が怖かった。今はその頃よりも息がしやすい、と感じる。

 

本作は今から9年ほど前に書かれた作品なのに、世間の価値観は現在もほぼ変わっていなくて、読んだ後になんだか脱力してしまった。そう言いながらも、私は再びダイエットをしている。なんとか学生時代の体重に戻したいと思っている。その私の行動こそが、なんだか皮肉にも思えて、誰よりも私自身がその価値観に捕われていることを嫌でも実感してしまった。

 

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