綿矢りささんの小説はどうしてこんなにも胸がドキドキするのだろう。軽快でキレキレの文章の中に潜む毒と皮肉、そしてあっけらかんとした感情。そのすべてがいつも“ベストマッチ”だ。今回読んだ『嫌いなら呼ぶなよ』は、公式ホームページによると「明るすぎる闇」に迫る短編集。整形を繰り返す女性や不倫を繰り返す男性、YouTuberのオタク、作家とライターの間で揺れる編集者が主人公だ。この物語は、“そこらへんにいる人”が主人公。スカッとする話ばかりではないが、あまりにも主人公たちの胸の中を映し出しているこの物語は、単純におもしろくて気持ちがいい。まるでジェットコースターに乗ったような読後感だ。
◆整形を繰り返す女性の“明るすぎる闇”
この4篇に共通しているのは「コロナ禍」であるということ。コロナ禍を描いた小説は何冊か読んできたが、その中でも一番明るい作品だった。しかし、ただ明るいだけではなく、主人公たちにはどこかしら危ういところがある。それは性格だったり行動だったり言動だったりさまざまだが、何かがおかしい。まさしく「明るい闇」という表現がぴったりだ。今回はその中でも印象的だった作品『眼帯のミニーマウス』を紹介したい。
プチ整形を繰り返す女性・りなが主人公の『眼帯のミニーマウス』は、「自分が良いと思えば他人からの目は関係ない」という明るさと、「理想の自分になりたい」というある種の闇が描かれている。10年も前であれば、整形はひそひそと噂話をされるようなものだった。「あの芸能人整形らしい」とか「あの鼻、いかにも整形鼻」とか、どちらかというと「整形=悪」というように話されていた時代。しかし現在は、整形が当たり前のことのように世間に受け入れられている。「整形=善」とはなっていないと思うが、芸能人でも整形を公表している人がいたり、SNSではおすすめのクリニックや整形方法などを呟いている人をすぐに見つけられる。
そんな時代に生きるりなは、昔からかわいいものが好きだった。母親が作ったフリフリのドレスを着ていたが、誘拐されそうになったことがきっかけで家族からかわいらしい服を着ることを反対され、地味な服を着るようになる。高校生で原宿に出会って好きな服を着るようになり、大学ではインスタグラムを開設し、初めての整形をする。社会人になってもりなの心はかわいいものにとらわれたままだ。
りなは“自分モテ”を狙っていて、「自分が気に入るのが一番」と信条を掲げている。あるとき、りなの軽い一言をきっかけに会社でりなは整形しているという噂が広まる。誰に何を言われても自分のモットーを曲げなかったりなだが、最後に気づく。マスクやダウンタイムのときの包帯姿が一番心地いいことに。顔中に包帯をしていると、とにかく目立つ。目立ちはするが、いじってくる人はおらず、おそらく“無敵”の自分になれる。
◆自分の理想を追いかけ続ける苦しさと鎧
コロナ禍のときには「マスク美人」という言葉も流行した。私もおそらくは「マスク美人」の方で、マスクを取るとがっかりされることが多い。自分でも鏡を見ていて思う。顔面上部と下部が、なんだかマッチしないのだ。なんとなく合わないパズルのピースのように見える。私たちはきっと「この上部だったらこの下部だろう」というふうに、勝手に顔のパーツや身体をマッチングさせている。だからこそ理想を抱き、理想を追いかけてしまう。
「ありのままの自分が一番好き」と心から思える人は世界にどのくらいいるのだろう。りなの整形は、ある種の“鎧”だった。自分を守るための、自分を表現するための、鎧。だから自分の好きな見た目に近づけて、ダイエットもして、努力をする。自分が好きな自分でいるために。それは現代のSNSにも通じるものがある。キラキラした部分を切り取って、充実している自分を見せる、鎧。誰もが自分の理想とする自分でいたいのだ、例えそれが小さな画面の中だけだったとしても。
りなが最後に気づいた「包帯姿が心地いい」という考えは、パラドックスだ。包帯で顔をぐるぐる巻きに隠してしまえば、目立つし、隠れているからアップデートしなくて済む。皮肉なことに、顔を隠すことで強くなれるのだ。「こうなりたい」という願望は、生きている限り際限がない。
こう書いていると暗いグロテスクな話のように感じるが、決してそうではない。綿矢さんの書く文章は軽快で、りな自身も基本は明るい。私が思う綿矢さんの物語の魅力は「主人公に嘘がないこと」だ。主人公が何を考えているかわからない、ということはほぼない。それは主人公が私たちに感情をすべて見せてくれるから。共感することができなかったとしても、主人公の気持ちをリアルタイムで感じることができる。
綿矢さんの描く「明るすぎる闇」は、思ったよりも心を抉る。この4篇の主人公たちは私であり、友人であり、家族でもある。誰もがきっと、どこかに闇を抱えている。誰かに「この人おかしい」と思われている部分だってきっとある。人が抱えている小さな闇をきめ細やかに言語化したような味わいの物語だった。










