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【読書感想・書評】『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織 忘れられない人はいますか?

私が江國香織さんの小説と出会ったのは、高校生の頃だ。私には当時でいう“メル友”がいた。そのときに好きだったアイドルを語る掲示板で知り合った、北海道の女の子。メールのやり取りもしたし、手紙のやり取りもしたし、チャットのやり取りもした。

 

その頃の私にとって、彼女の存在はとても大きいものだった。初めてできたインターネット上の友達だったからだ。彼女とは会ったことがないし、もうやり取りもしていない。けど、私の人生で外せない人だ。インターネットの世界の楽しさを教えてくれて、本の楽しさを教えてくれた人。

 

そんな、人生の中で大切な人は、みなさんには何人いるだろうか。私は10人もいないかもしれないけど、そのくらいでいいとも思っている。

 

『ひとりでカラカサさしてゆく』あらすじ

 

 

晦日の夜、ホテルに集まった八十歳過ぎの三人の男女。彼らは酒を飲んで共に過ごした過去を懐かしみ、そして一緒に命を絶った。三人にいったい何があったのか――。

妻でも、子どもでも、親友でも、理解できないことはある。唐突な死をきっかけに絡み合う、残された者たちの日常。人生におけるいくつもの喪失、いくつもの終焉を描き、胸に沁みる長篇小説。

Amazonより引用)

 

物語は、かなりセンセーショナルな始まりだ。八十歳過ぎの三人の男女は、酒を飲んで過ごした後に、猟銃を使って一緒に命を絶つ。遺された家族や友人は戸惑いながらもそれぞれの日々を生きていく。衝撃的な始まりをするが、あとはいつもの江國さんのお話、という感じだ。日常をリアルに、静かに描いていく。

 

この物語は、かなりコロコロ視点が変わる。登場人物も多いし、もしかしたら読みにくいと感じる人もいるかもしれない。江國さんの物語を、私はいつも誰かの日記を読むように読んでいる。自然に、さらりと。遺された人たちは、死者のことを考える中で、「生者よりも死者を身近に感じる」と考えることがある。この言葉に私はひどく納得してしまう。

 

私の祖父は、私が1歳の頃に亡くなった。正直私は祖父の姿も匂いも声も何もかも覚えていない。しかし、子どもの頃に祖父が私と遊んでいるビデオを何回も見せてもらったし、祖母や母から何度も祖父の話を聞いていた。実家には仏壇があって、いつも祖父に話しかけるように言われていたし、ロケットに祖父の写真を入れて持ち歩いていた(これは私の意思ではなかったため、持ち歩かされていたという表現の方が正しい)。

 

こうやって書いてみると若干やりすぎでは、という気もするが、祖母たちが語る祖父の思い出や、どれだけ私を愛してくれていたのかを何度も聞いていたため、「私は祖父に愛されていたのだ」という思い出がある

 

直接感じることはできなくても、愛されていたという思い出は私を強くしてくれたし、大人になった今でも、祖父が近くにいてくれると思う。

 

祖母は、一昨年亡くなった。晩年は認知も進んでいてあまり話すこともなかったし、私のことを覚えていたかどうかもわからない。でも、愛されていた記憶はやっぱりある。きっと一生ある。

 

祖母は、優しい祖母というわけではなく、厳しい人だった。母とも父とも私とも大喧嘩したことがあるし、正直うっとうしいと思ったことは数え切れないほどあった。それでも祖母が亡くなってもう物理的には会えなくなった今、よく祖母のことを思い出す。

 

両親が共働きだったため、同居していた祖母の教育の影響を私は強く受けている。祖母が作ってくれた、どこか古くさいお弁当の味や、料理の味。成績にうるさくて、祖母に褒められるためにがんばっていた勉強。ずっと思い出すことはなかったのに、祖母が亡くなってから突然思い出す味や、記憶がある。ミニスカートなどを極端に嫌う人だったため、私は今でも丈の短い洋服を着るとドキドキするし、門限も厳しかったため、今でも22時を過ぎて外にいるとソワソワする。そのドキドキもソワソワも、きっと愛されていた記憶なのだろうと思う。

 

友人の話もしたい。ずっと読書が好きだったけれど、高校生になると、周りに読書をしている人はほとんどいなかった。読書をすることは、ちょっとダサいことなのかと思っていて、私も本を読まなくなった。それでも国語の教科書で読む物語が好きだった。そんなときに出会ったのが、北海道の彼女である。彼女はとてもやわらかい文章を書く人で、私はそれをそのまま彼女に伝えたことがある。すると彼女は、江國香織さんに憧れていると言った。

 

久しぶりに出会う、読書をする人。私は彼女とたくさんの本の話をして、再び読書するようになった。江國さんの本は、当時の私には少し難しかったというか、物足りなくて、彼女のことを大人だと思ったことをよく覚えている。大人になって、江國さんの物語の魅力を知って、江國さんの物語に出会うたびに、私はいつも彼女のことを思い出す。あの頃飽きるくらいにした夢の話。私だけに書いて誕生日にプレゼントしてくれた物語。彼女の夢は、叶ったのだろうか。

 

死や別れは悲しいものだし、喪失感から逃れられないことももちろんある。記憶は人を苦しめることもあるけれど、強くすることだってある。愛されていた記憶や、大切な人と話した夢。もう二度と会えない人たち。そんな思い出や記憶を抱きしめて、私は今日を生きる。