忘れられない小説というものがある。その1冊は絶対に山本文緒さんの『恋愛中毒』なのだが、今から書く角田光代さんの『八日目の蟬』もそのひとつだ。この本は、私が読書を再開してから割と序盤に読んだ本で、読みながらすごくアドレナリンが出たというか、興奮したことを覚えている。もう何もしたくなくて、この本だけ読んで過ごしていたい。そう思いながら、中断するのがもどかしい気持ちで夢中に読んでいた。
この4月、本棚を眺めていたら、この本だけ浮いたように見えた。読みたい本が山程あるため、再読は基本しない。でも、浮き上がってくるようなこの本を見ていたら、どうしても今読まなくてはいけない。と思った。
『八日目の蟬』あらすじ
逃げて、逃げて、逃げのびたら、私はあなたの母になれるだろうか−−理性をゆるがす愛があり、罪にもそそぐ光があった。家族という枠組みの意味を探る、著者初めての長篇サスペンス。
(Amazonより引用)
引用したはいいけれどこのあらすじ、わかるようでわからない(笑)。不倫相手の子どもを誘拐し、その子どもを育てながら逃走する…というストーリーなのですが、文字から溢れ出てくるエネルギーがとにかくすごくて圧倒されます。文章力はもちろんなんだけど、なんていうんだろう。本当に一文字一文字に生命があるような、そんな力強さで描かれています。
私はこの4月から新しいことに挑戦しなければいけなくて、自分で選んだことではあるんだけども緊張とストレスで胃がキリキリする毎日でした。そんな中で自分の本棚をぼーっと眺めていたら、この本と目が合った。
この本は、私が三度目の読書との出会いをしたときに読んだ本。私の読書のはじまりは、一度目は本当に幼い頃〜小学生。次に高校生。次にコロナ禍でした。コロナ禍のときに出会った作品で、この本が持つエネルギーに圧倒されたことを覚えています。
主人公がやっていることは乳児誘拐という間違いなく犯罪なので、そこから勇気をもらう!とかではないし別に元気が出る作品でもないんですが、やりきれなさと切なさの中に、人間のたくましさみたいなものを感じる。描かれていることは決して綺麗事ではなくて、別に何が言いたいみたいな話でもないと思うんだけど、私はとてもパワーをもらえる本なんですよね。だからこそ、今また手に取ったのかもしれないな、と思う。
内容は軽いものではないしどちらかというと重いけど、角田さんの筆致でどこか軽やかで読みやすい。グイグイ読めてしまうしとにかく続きが気になる。そして、景色の描写が素晴らしいです。文字から香りまでしてきそうな美しい描写で、目を閉じるとその景色が浮かんでくる。見たこともないのに。
人生の歯車は、どこで狂うかわからない。騙される方が馬鹿だと言ってしまえばそれまでなんだけども、失敗(言葉選びが違うかもしれない)するのが人で、失敗するから愛おしかったりもする。
何かをおいしいと思えること。誰かを愛しいと思えること。誰かを大切だと思えること。寝ること、食べること、休むこと、働くこと。それはきっと当たり前じゃない。この本を読むと、私が当たり前だと思うことが誰かにとってはものすごく愛おしい日々で、求めてる日々なのだと思うことがあります。だからといって当たり前を急に特別に大切にすることってできないと思うんですよね。よく、なくして初めて気づくとか、今あることは当たり前じゃない、という言葉はよく聞くし、私もそう思おうとはしているけど。
幼い子を誘拐してしまった彼女と、そして彼女に育てられた子ども。歪んだように見えるけど、そこには確かに愛もある。憎しみもある。愛情とは、多面的なものなのだと思うし、生きることはなんて難しいんだろうと思います。たったひとつの素敵な思い出だけで、それだけを抱きしめて、人は生きられるのだろうか。私は読んだあとにそんな疑問が残りました。
「生きたい」と願うこと。それこそが当たり前のようで、当たり前じゃないことなのかもしれない。決して軽く読める本ではないけれど、私はまた何かをがんばらなくてはいけないときに読むんだろうなぁと思います。そしてすべて読んだときにこの「八日目の蟬」というタイトルを改めて考えると、やるせない気持ちになります。
みなさんの人生の中で忘れられない小説、もしよければ教えてください。
映画化もしています。こちらは見たことがないので今年中に見たいなぁ。

