早いもので!次回から話がぐっと展開していく…予定です。
ここまでちゃんと長いこと向き合って書いてるいるのは初めてで、完成できるか若干不安です。応援よろしくお願いします。(笑)
前回のものはこちらから。
#6『握手の先』彼
ベッドに寝転びながら、台本を手に持ったまま何度も落とした。顔に落ちてくるたびに小さく呻くけど、起き上がる元気がない。今日はバラエティの収録で、グループで障害物リレーをやった。負けず嫌いな俺は、こういう企画もので熱くなりすぎる。張り切りすぎて頭も体も限界だった。
どうにか爪痕を残そうと必死になった結果、うまくもいかず。こうやって空回りしてしまうことは多々ある。エゴサしてまた落ち込むんだろうな、とぼんやり考える。
このまま寝てしまおうかと思いながらも、明日のスケジュールをスマホで確認。リリースイベントもあるし、復習もしたいし、今日中に台本を頭に入れておかないとまずい。気を引き締めようとスケジュールアプリを閉じて、反射的にファンクラブアプリを開く。
ファンとのチャットを覗くと、結局話し込んでしまう。わかってるのに、「元気?」とだけ送った。それをきっかけにようやくベッドから抜け出して、冷蔵庫を開ける。エナジードリンクの缶を引き抜くと、プシュッと音がして、少し気持ちが持ち上がった。明日披露する曲はこのエナジードリンクのタイアップ曲だ。タイアップは初めてで、それを思うと背筋が自然と伸びる。
ソファに腰掛け、再びファンクラブアプリを見ると、すでに大量の返信が届いていた。
「そっちはげんき?」「はやく会いたい!」「体調とか崩してない?」
ファンからの返信は、恋人めいたものから母親のような返信までさまざまだ。このアプリを開いていると、ファンはひとりひとり違う人間なんだと、改めて実感する。
エナジードリンクを飲みながら、チャットを続ける。
「今日、収録楽しかったけど疲れた〜」
「ベッドで寝落ちしかけた」
「これから台本と振り確認するわ」
送ると、またすぐにレスが返ってくる。「えらい!」「体壊さないでね」──ここでしか出せない、弱音。それを甘やかして受け止めてくれる場所。振りの確認を終える頃には、空が白み始めていた。
*
リリイベ当日の会場は、カラフルだった。推しカラーを身につけたファンがずらりと並ぶ。服装から誰推しか推測するのは慣れているが、たまに関係ない格好をしている子もいる。そんなときは、瞬時に小物に目を走らせる。ヒントを探すために。
握手会では、相手に合わせた対応を心がける。俺推しなら全力で。違うメンバーの推しなら、その子にとっての「特別なエピソード」を話すように心がける。
目の前に来たのは、ピンクのトップスに白いスカート、ふんわり巻かれた髪の女の子。古参だ。名前も顔も覚えている。
「おぉ!」
自然と笑顔がこぼれる。彼女も、友達に話すみたいに自分の話を始めた。
「この前言ってた嫌な上司、異動になったんだけど!」
「マジ?よかったじゃん。有給、取りやすくなった?」
「なったなった!」
「じゃあまたいっぱい会える?」
喜ぶと思ったのに、彼女は曖昧な表情を浮かべた。
「え?なに?」
無意識に焦った声が出たところで、タイムアップ。「あとでまた来るから」と彼女は去っていった。
引っかかる。だけど次のファンが流れてくるから、気持ちを切り替えるしかない。
青い服の女の子に、自然と他メン推し向けのエピソードが口をついて出た。笑ってもらえて、少し安心する。
5分もしないうちに、さっきの彼女が戻ってきた。
何か俺から聞く前に、彼女は言った。
「あのさ、今日で降りるんだ。他に好きな人ができた。今までありがとう」
「待って俺振られてんじゃん」
笑って返すと、彼女も笑って、手を振った。まだ秒数、余っていたのに。
そういうことは言わずに去ってくれよ、と思いつつ、いつもどこでも来てくれた彼女が急に来なくなったら、それはそれで心配する。だったら言ってくれたほうがよかった…のか?
こういうことは初めてではない。初めてどころか何回も経験がある。慣れてると思われるかもしれないが、胸はちゃんと痛むんだよな、不思議なことに。
次に現れたのは、全身黒の服を着た女の子だった。小物に目を走らせるけど、ヒントがどこにもない。誰のファンだ?
「顔が好きです」
切れ長の瞳で、まっすぐにそう告げた彼女に、咄嗟に尋ねた。
「一番? 一番顔が好き?」
驚いたような顔で、でもすぐに「一番顔が好き」と答える。顔でもなんでも「一番」と言われたかった。こんなにアイドルを続けているのに、少しのことでぺしゃんと折れてしまう自尊心を、「一番」という言葉で少しでも復活させたかった。
でも、顔が好きって。
そこまで直球で言うファンは、意外といない。
「正直だな~」
思わず笑うと、彼女の瞳がかすかに揺れた。下を向く彼女を覗き込むようにして言った。
「嫌いじゃないよ、そういうの」
「お時間です」スタッフの声と同時に、彼女は逃げるように立ち去ろうとした。
「名前は?」
背中に問いかけると、彼女は振り向き、首を横に振った。名前、教えてくれないのか。普通、名前を聞くとみんな嬉しそうに名乗るのに。
最初から、もう来るつもりがないのかもしれない。名前を言っても無駄、的な。
一瞬も笑わなかった彼女の顔を思い出して、無性に悔しくなった。どうにか彼女の表情を崩したい。
もう一度声をかけようとしたけれど、すぐに次のファンが流れてきた。
黄色の服。
なんだか今日は、振られてばかりだ。
いつもスターありがとうございます!