本と映画と、少し寄り道

小説と映画の感想文をゆるゆると。

【読書感想・書評】川上未映子『春のこわいもの』ーー後悔を抱いて生きていくということ

「何もないのに、何かがあったわけでもないのに、胸がいっぱいで、それはたぶんきみのことを考えているからで、きみのことを考えるとなぜこんなに涙が出てしまうのかは、わたしにもわかりません」。

 

この文章に、とんでもないほど胸を掴まれてしまって、この文を読んだだけで体中の水分が上に上がってきたように涙が溢れた。なぜこの文章がこんなに響くのか、わからない。わからないけど、私はそのとき間違いなく、好きな人のことを思い浮かべた。悲しくないのに涙が出たり、辛くないのに涙が出たり、「好き」という感情は、時にものすごく複雑だ。

 

『春のこわいもの』/川上未映子あらすじ

 

 

感染症大流行(パンデミック)前夜の東京――〈ギャラ飲み〉志願の女性、ベッドで人生を回顧する老女、深夜の学校へ忍び込む高校生、親友を秘かに裏切りつづけた作家。東京で6人の男女が体験する甘美きわまる地獄巡り。これがただの悪夢ならば、目をさませば済むことなのに。

 

目次

青かける青

あなたの鼻がもう少し高ければ

花瓶

淋しくなったら電話をかけて

ブルー・インク

娘について

 

(新潮社HPより引用)

 

 

川上さんの書く文章は、なぜこんなにも美しいんだろう。静かで不穏で、センセーショナルなのにどこか優しくて、ものすごく泣きたくなる。「青かける青」は、ページ数にするとかなり短い話だが、私はこの話に心をぐっと掴まれてしまった。何度も何度も読み返して、何度も何度も自分の中の「好き」を確認した。それは誰に対しての「好き」なのか、はっきりしない。輪郭が曖昧で、誰かひとりを思い浮かべたわけではなくて、過去の好きだった人や今の好きな人、すべての人を思い浮かべたのかもしれない。川上さんの描く「好き」は、綺麗だな、と思う。綺麗で、やっぱり少し切ない。

 

この短編集で一番好きなのは「青かける青」なのだけれど、一番心に残ったのは「あなたの鼻がもう少し高ければ」。主人公は整形やギャラ飲みに興味があるトヨという女の子。トヨは、現代を映し出したような女の子で、私が学生であればすごく共感して、同時にすごくナイフに刺されるような気持ちがしただろうなと思った。

 

だって大人になった今でさえ、SNSで整形の話題や顔の造形、体型などの話題を見ると心がすっと冷える。その話題が悪いわけではなく、興味があるからだ。そりゃあ、現代の技術でかわいくなりたい。この目をもう少し大きくして、つけまつげがなくても二重にしたい。高さは気に入っているけれど、小鼻は気に入っていない鼻をどうにかしたい。笑うとどこかパンとしてしまう頬の脂肪をとりたいし、エラを削りたい。こんなことばかりだ。

 

整形は全然悪ではない。私もおそらくもう少し歳重ねたらするだろうと思う。さすがに大掛かりなものはもうしないけれど、シワを取ったり、そういうものはきっとするだろう。自分の顔に自信なんて、きっと一生持てない。推しの特典会で見る、折れてしまいそうに細い女の子や、雑誌の中から飛び出してきたようなかわいらしい女の子を見るたびに、心が削れる。そんな体験を、3ヶ月に1回くらい体験しているから、私はこの手の話に、なんていうか、弱い。

 

トヨは憧れていたモエシャンという女の子が所属するグループに会いに行くのだが、そこで現実を突きつけられることになる。そしてそこで出会ったある女の子を見て、自分の過去を思い出し、ちょっとした後悔をする。

 

この作品たちには全体的に「後悔」という感情が漂っている。それは大きなことであって、忘れてしまうような小さなこと。私はトヨの後悔を読んでいて、私も同じようなことがあったなと思い返した。

 

小学生のとき、みんなと一緒にグループの子を仲間外れにした。特になんの理由もなかったのに、嫌いじゃなかったのに、自分の立場を守るために、なんとなく。中学生のときも同じようなことがあった。大学生のときは、親に嘘をついて彼氏の家に泊まった。寝ているフリをして、電車で席を譲らなかったこともある。

 

そんな、日常ではあまり思い出さないような、小さな後悔。私の中では小さな後悔でも、された方はきっと傷になっているだろうな、と思うと、胸の奥がざらざらした気持ちになる。この作品を読んで、きっと誰しもが多かれ少なかれ後悔を抱えて生きているのだろうと思った。後悔は消えることはない。自分のしたことや、自分が誰かに投げかけたことは、消えることはない。

 

だからきっとこれからも、そんな後悔や寂しさを抱きしめて、私は生きていくのだろうと思う。こうやって、忘れてしまいそうになることを思い出しながら、自分の行動を後悔しながら、この先はなるべく後悔しないようにと願って。それでもきっと後悔することはある。そのときはまたこうやって、心が震える本に出会えたらいいと思う。

 

言葉が綺麗な川上さんの本といえば『すべて真夜中の恋人たち』も大好きです。