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『世界99』上巻感想|村田沙耶香が描く独特な世界観 “本当の自分”とは?(ネタバレなし)

「私だけではなく世界が分裂していると感じるようになったのは、いつのころからだろう。それぞれの世界が、並行する異世界として、私の日常の中に同列に並ぶようになっていた。世界は分裂したまま、同時進行していて、どの世界でどんな情報や言葉、感覚を注がれるかで違う私になる」。

 

村田沙耶香さんの『世界99』上巻を読み終わった。ずっと気になっていた作品で、文庫化まで待とう待とうと何度も本屋で戦ったけれど待てなかった。続きが気になりすぎて仕事のとき以外はいつも持ち歩いていた。その重たさを抱えながら、この世界の重さを同時に感じた。

 

『世界99』/村田沙耶香 あらすじ

 

 

この世はすべて、世界に媚びるための祭り。

性格のない人間・如月空子。

彼女の特技は、〈呼応〉と〈トレース〉を駆使し、コミュニティごとにふさわしい人格を作りあげること。「安全」と「楽ちん」だけを指標にキャラクターを使い分け、日々を生き延びてきた。

空子の生きる世界には、ピョコルンがいる。ふわふわの白い毛、つぶらな黒い目、甘い鳴き声、どこをとってもかわいい生き物。当初はペットに過ぎない存在だったが、やがて技術が進み、ピョコルンがとある能力を備えたことで、世の中は様相を変え始める。

Amazonより引用)

 

 

正直に言うと、私がこの本を手に取るか悩んだのはこのあらすじだった。理由は「ピョコルン」という架空の生物。以前、架空の生物が出てくる本で世界観に入り込めなかった経験があったからだ。このあらすじを読んだとき、やはり「ピョコルン」が気になってしまい、この本は合わないのかもしれない…と不安になった。しかも上下巻の長編で、合わないと感じたらもったいないな…と思ったのも正直なところ。そして空子の“特技”の呼応とトレース。特殊能力を持った子が主人公なんだな、と思い、ここも懸念点だった。

 

架空の生物が出てくるだけでファンタジー?という疑念が消えず(ファンタジーは嫌いなわけではないが、あまり合わない気はしている)、Xのタイムラインに流れてきて気になりはしたものの、手に取らなかった。

 

いざこの本を買おう、と思ったきっかけは、最初の数ページだ。本屋で少しページを捲っただけで、一気に村田ワールドに引きずり込まれた。もうこれは読みたい、読むしかない。そう思って、まずは上巻だけ手に取ってレジに持って行き、帰りの電車で読み始めた。

 

私が心配したようなファンタジー要素はほぼなかった。いや、ピョコルンが出てくる時点であるのだが、そんなことは何も気にならないくらい、現実感のあるストーリーだった。これは村田さんの文体やストーリー展開がとても自然で、まるでそこで誰かと話をしているみたいに、頭の中にすらすら入ってくるからだ。話をしているのとも違うかもしれない。そう、まるで夢を見ているみたいな感覚だ。自分の中に確かにあるのに、イマイチ現実ではないような。でも、現実のような。村田さんの小説を読んでいると、いつもそんな気分になるような気がする。

 

主人公の空子は、特殊能力が使えるわけではない。空子がしている「呼応」と「トレース」は、おそらく誰もが自然にしていることだ。簡単に言ってしまえば、「一緒にいる人によって自分のキャラを変えること」だと思う。この技術は、どこで身につけたのだろう。自分のことを振り返ってみても、いつの間にか身についていたとしか言えない。誰かに教わった覚えもない。いろいろな人との出会いの中で、自分の発言やキャラクターを変えていくことを身につけた。もっと簡単なことで言うと、「この子には彼氏がいるから自分の幸せな恋バナをする」「この子は失恋したばかりだから自分の幸せな恋バナは避ける」みたいなことだと思う。

 

おそらく、誰を前にしても自分のキャラクターが一定だという人も中にはいるだろう。昔はそういう人のことをかっこいいと思っていた。芯があって、ブレなくて、かっこいい。前衛的。でも今はどうだろう。どこかで憧れている部分はあるけれど、そうなりたいとはあまり思っていない。いくら保守的と言われても、私は周りの人とうまくやることの方が難しく、生活をする上で重要なことだと思うからだ。

 

例えば、自分が態度を変えると相手の態度が変わることがある。これもまた「呼応」と「トレース」に分類されるのかもしれない。私は今月、映画「アバウト・タイム」を見た影響で「良い人でいようキャンペーン」を行っていた。それはとても小さなことで、例えばコンビニで買い物をしたとき、店員さんと目を合わせて「ありがとうございます」と言う、というようなことだ。でもたったこれだけでも、相手の反応が変わる。何も言ってくれなかった店員さんが、にこっと笑って「ありがとうございました」と言ってくれるようになった。これは私にとって、大きな発見だった。

 

このように、空子の特技「呼応」と「トレース」は、日常生活で多くの人が行っていることだ。それを行っていると、ある疑問にぶつかることがある。「本当の自分はどれ」?。この物語だけではなく、村田さんの作品は、正直一度読んだだけでは理解ができない。何度読んでも100%の理解はきっとできない。上巻はかなり衝撃的な場面で幕を閉じ、家で読んでいて思わず声が出てしまった

 

これからついに下巻に突入する。普段は上下巻読み終わってから感想を書くが、この作品は今感じていることを書きたい!という衝動があった。好きとか嫌いとかではなく、確実に自分に影響を与える本になるだろうと思っている。