先日の誕生日、自由が丘に行った。自由が丘は、私にとって思い出の街だ。初めて社員として働いた街でもあり、主人と出会った街でもある。仲間と仕事帰りにお茶をして笑ったり、愚痴ったり、仕事で納得いかないことがあったときは一人で悔し涙を流した街だ。自由が丘といえば、駅を出てバスのロータリーを挟んで向かいにある本屋がシンボルだった。そう、大きな「BOOKS」の看板が目立つ「不二屋書店」だ。
誕生日は、主人が食事に連れ出してくれた。私たちの誕生日祝いは、いつもサプライズ的に行われるため、当日までどこに行くかわからなかった。自由が丘だとわかったとき、「懐かしいね」なんて言いながら、街をブラブラ歩いた。そこで違和感を感じる。あれ、本屋さんって、閉店してる?
近くまで行くと、張り紙を見つけた。それは「お客様へ」から始まる、閉店を知らせる張り紙だった。「不二屋書店は2025年2月20日をもちまして閉店いたしました。長らくのご愛顧、心より感謝申し上げます」。調べてみると、ニュースにもなっていた。読書好きを謳っておきながら知らなかったのかよ、とツッコまれそうだが、知らなかった。そのことにもショックを受けたし、何よりもやはりそこにずっとあった本屋がなくなっていることがショックだった。

街の本屋は、どんどん姿を消していく。私の地元にも、昔は3軒の本屋があった。中でもその1軒は「頑固おやじ」と呼ばれるような店主が営んでいる本屋で、私はそこの店主のことがものすごく怖かった。たぶん私だけじゃなくて、子どもたちはみんな怖かったと思う。子どもたちだけで行くと怒られるので、そこの本屋には必ず母親と行っていた。それでもなぜそこの本屋に通っていたかというと、欲しいものがあるからだった。もう1軒は家から少し離れていたし、もう1軒はスーパーの中にちょこん、とある本屋だったため品揃えが微妙だった。
その頑固おやじの本屋は、悔しくもあるが発売日に必ず欲しいものがあったし、何よりも自動ドアが開いたときに一気に香ってくる本の匂いが好きだった。たまにその親父の息子かバイトかわからないけど若いお兄さんがいて、外からレジを覗いたときにそのお兄さんだったときはほっとしたことを覚えている。
そんな本屋もなくなった。その本屋は、3軒のうち最後になくなった本屋だったと思う。なくなったときは、じゃあどこで本を買えばいいんだ、と思った。もちろん大きな駅に行けば本屋はある。あるけど、地元で手に入るからよかったのに。そんなふうに思った。
不二屋書店の張り紙を見て、あの頑固おやじの本屋を思い出す。街の本屋はただ本を売っているだけではなく、その街に住んでいる人々の思い出とも結びつく場所だ。不二屋書店の張り紙にはこうあった。
「街の書店を取り巻く厳しい状況の中でどの街にもその街に合った書店が必要と信じ、なんとか営業を続けようとお客様方をはじめたくさんの方々に支えていただきながら必死の努力をしてまいりましたが力及ばず、このような結果になってしまったことを不甲斐なく思っております」。
そうなのだ。街には街に合った本屋が必要だ。そう強く思うと共に、思い返してみる。では、自分はその街の本屋を利用したのか?幼い頃から近くにあった地元の本屋は置いておいて、私はあれから引っ越しをした。中にはそれこそ「街の本屋」と呼ばれる本屋がある街もあったが、そう頻繁には利用していなかった。社会人になり、本を読む機会が減った。この「不二屋書店」だって、自由が丘で働いているときずっと近くにあった。それなのに、私は数えるほどしか利用していない。
もちろん本と出会うにはタイミングがあるし、本屋側だって無理に利用してほしいとは思っていないはずだ。でも、この張り紙を見て改めて思う。どこかの街に行ったら、その街で1冊本を買ってみよう、と。街の本屋には、きっとその街の色がある。その色を、感じてみよう、と。
電子書籍は便利だ。いつでもどこでも本が読めるし、何よりも軽い。古本も便利だし、お財布に優しい。本を読むという行為に「絶対」も「ルール」もない。本と向き合う時間は自分だけの時間で、その人なりのメソッドがある。押し付けてはいけないし、本を愛する人は誰も押し付けてはいない。だから私は本が好きだし、本好きの人も好きだ。私はこれから、なるべく新しい本を、本屋で買おうと思う。これは誰にも押し付けられていない、なくなってしまった本屋との再会で思った私の新しいメソッドだ。もちろん押し付けようとは思わない。
そしてこの張り紙には、こんな願いも書いてあった。
「難しい時代ではありますが、『本』という文化は希望や未来につながっています。皆様が引き続きたくさんの本を読んでくださることを願ってやみません」。
本との出会いはタイミングだ。でも、私は、このブログを通して、Xを通して、そして仕事を通して、本の良さを伝えていきたい。本と人が出会うきっかけのほんの一部でもいいから、そんな存在になりたい。「本」という文化が、希望や未来につながっていることを信じて。