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村山由佳『PRIZE』感想|承認欲求は本当に悪いこと?

この本は化け物だ。人生でそう何回もない、すごい出会いをしてしまった。途中から鳥肌が止まらず、最後には自然に涙が浮かんだ。それほどまでに、本全体の力強いパワーと圧力に圧倒された。読んでいる間、体温がぐんぐん上昇して、読み切った後は冷房がきいている部屋にいたにも関わらず汗をかいていた。私はこの本の主人公・天羽カインの虜になってしまったらしい。

 

直木賞への執念を描く圧倒的物語『PRIZE』/村山由佳

 

 

この物語の主人公は、本を出せばベストセラー、本屋大賞にも輝いた人気小説家・天羽カイン。これまでに直木賞候補に2回挙がっているが、いつも直木賞には選ばれない。カインはどうしても直木賞が欲しかった。権威ある賞を取って、本当の意味で認められたかった。もう一人の主人公ともいえる編集者・緒沢千紘は、元はカインの大ファンだった。カインの小説で心を救われたことがあり、二人は日に日に信頼し合うようになる。

 

あらすじだけを見てみると、さわやかな成長物語に見えるかもしれない。しかし本当は、さわやかさとは真逆の物語だ。どろどろしていて、人間の悪いところを煮詰めて真っ黒にしたようなエピソードがいくつも出てくる。

 

◆承認欲求を持つことは悪いこと?

 

第一に注目したいのが、カインの『承認欲求』だ。これほどまでに承認欲求を全面に出し、周りにも押し付ける人は、おそらく嫌われるし『痛い』と思われる。

 

しかし読み進めていくうちに、私は思った。承認欲求って、本当に悪いことなのだろうか。痛いと思われなければいけないことなのだろうか。本当は誰もが持っている承認欲求。人に認められたい、褒められたいと思うのは当たり前じゃないか。

 

最近、SNSでは「承認欲求の塊」と揶揄されている投稿をよく目にする。それは整形のビフォーアフターを載せているアカウントだったり、仕事の報告をしている投稿だったり、さまざまだ。承認欲求とは、「自分ががんばった成果を誰かに見てほしい」「認められたい」という感情であり、その感情の前に絶対に「努力」がある。その努力を少しでも認めてほしいと考えることは、そんなにも醜いことなのだろうか。

 

カインは最初から最後まで承認欲求の塊だ。誰よりも褒められたいと思っているし、褒められても売上があってもそれでは足りない。とにかく直木賞が欲しくて、それで初めて自分の欲求が満たされる。その欲求を恐れもせずに口に出す姿は、最初は少し滑稽に見えたが、最後にはカインのかっこいいところだとまで思った。願いを口に出し続ける強さは、私も欲しい。口に出し続ける者だけが見られる景色がきっとあると思うからだ。

 

◆近づけば近づくほど曖昧になる自分と他人の線

 

次に注目したいのが、この物語の肝とも言える「人との距離感」だ。カインと千紘は途中からまさしく「二人三脚」で作品を作っていく。千紘は「カイン先生を誰よりも理解している」と思っているし、カインは「千紘は誰よりも自分を理解してくれている」と思っている。千紘はそのうちに自分とカインの線が曖昧になっていく。カインが千紘を頼れば頼るほど、その線は歪んでいき、やがて溶け合う。

 

おそらくこのケースは、家族でも恋人でも、今であればアイドルとファンでも起こり得ることだ。自分は自分でしかなく、他人は他人でしかない。それがどんなに近い家族でも、どんなに仲良い恋人でも、どんなに距離の近いアイドルでも。同じ方向を見ているようで、実は少し違う。たとえそれが0.00001mmの違いでも、違いは違いだ。まったく同じ考えなんて存在しないし、人はそれぞれに自分の世界を持っている。

 

この物語は、あらゆる人の視点で描かれるため、誰かに感情移入をしすぎずにどこか客観的に読める本だ。そういう視点でよかったと思う。どの登場人物も思いが強すぎて、誰かひとりの視点だと、読者にまで危険が及ぶ気さえする。それほどまでに「触るな危険」な登場人物ばかりだ。しかし誤解しないでもらいたいのは、危険でありながらも全員魅力的だ。近くにいてほしいかと聞かれたら正直いてほしくはないが、とても人間らしく惹かれる人物ばかり。そして何よりも、自分の信念を持っている人たちばかりだ。

 

こういう人たちがぶつかり合うからきっと良いものが生まれ、感情が生まれる。うれしい、楽しい、苦しい、悔しい。感情をむき出しに生きている人は時にかっこ悪く厄介だが、時に痺れるほどかっこいい。

 

私たちはカインの視点も見えれば千紘の視点も、その他の登場人物の視点も見ることができる。そうして見てみると、人が思っていることと自分が思っていることは違うのだと改めて感じる。「なんでわかってくれないの?」「普通わかるでしょ?」。この言葉を、私も人に思ったことがある。こうして冷静になってみると、きっとあのときは私も人との距離がバグっていたのだなと感じる。

 

この物語の何がこんなにも魅力的なのか。それはやはり、お腹いっぱいになるまでの、登場人物の熱量だ。最初から最後までその熱は冷めることなく、どんどん燃え上がっていく。とてつもないパワーを持った物語に出会えたとき、このような瞬間があるから私は物語が好きだしエンタメが好きなのだと思う。物語は、ただの文字の羅列だ。その文字の羅列がこれほどまでに心を揺さぶる。そんなロマン溢れる瞬間を、私はこれから先も見逃したくない。

 

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