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佐原ひかり『人間みたいに生きている』感想|食の価値観が揺さぶる物語

「口は穴だ。顔に空いた穴」ーーインパクトの強い言葉から始まる佐原ひかりの『人間みたいに生きている』。食べることは人間の体を作り、健やかな心を作り、人生を豊かにする。世間で当たり前のように言われているこの考えは、なんらかの事情で食べることができない人にとっては苦痛でしかない。本作を通じて私は自分の世界の狭さを知った。

 

◆「同じ」「わかる」の傲慢さ 『人間みたいに生きている』/佐原ひかり

 

 

高校生の唯は、食べることが苦手だ。苦手というよりも、食べるという行為自体に不快感を持っている。そんな唯が知り合ったのは、ある館に住んでいて吸血鬼だと噂されていた泉という男性。泉はものを食べることができず、そんな泉に唯は初めて自分のことを打ち明ける。唯は泉の館に通うようになり、そこではリラックスをして生きることができた。唯は両親にも、友達にも自分の食についての悩みを話せなかった。

 

唯は最初から終盤まで、泉のことを「自分と似た悩みを持つ人」だと捉えていた。だからこそ悩みを打ち明けられたし、泉と過ごす時間が心地良かった。しかし当たり前だが、人はひとりひとり違う生き物だ。唯はあらゆる経験を通して、そのことに気づいていく。唯を見ていて、私は自分のある口癖に気づいた。それは「わかる」という言葉だ。

 

もちろん「わかる」と思っているからそう言っている。わからないことには言わないし、嘘をついているわけではない。「わかる」と言うことが悪いわけではなく、共感が話の流れをスムーズにしてくれることも、人を救うこともあると思っている。しかし、いくらその人と自分の境遇や経験が似ていても、結局は「他人」だ。それを簡単に「同じ」とカテゴライズすることは極めて危険で、傲慢だ。

 

私はあらゆる場面で言ってきた自分の「わかる」という言葉を思い返した。あのとき、言われた人たちはどんな気持ちだったのだろう。「わかるわけない」とか「違うよ」という言葉が返ってきた覚えはないけど、人は知らないうちに、息をするように誰かを傷つけてしまうことがある。

 

一方で、人には多面性がある。中盤で唯は学校の友達の意外な一面や、自己評価と人からの評価が違うことに気づく。私たちは自然に何かを演じている。職場で、友達の前で、恋人の前で、見せる顔が違う。どれかひとつの一面を見たからといって、その人をわかっているわけではない。人は万華鏡のように多面的な生き物だ。「裏表がない」という言葉があるが、人間は裏表どころか、数え切れないほどの顔がある。裏表がない人間なんて、本来存在しないのだ。

 

◆食の価値観の重要性

 

本作を読んでいて、「食の価値観」は人間関係を築く上でかなり重要な働きをしていることを改めて実感した。私は家族と親友とする食事が好きだ。その他の人であれば、正直ひとりの方が気が楽だと思っている。大声で言えることではないが、私はよく食事を残す。これは世間的に見れば悪いことだとわかっていても、どうしても食べられない。少食というわけではないが、外食だと特に全部食べられない。ビュッフェスタイルの外食だったら誰とでも楽しく食べられる。自分の裁量で量を決めることができるからだ。

 

幼稚園の頃から給食が苦手だった。特に幼稚園のときは、どこまで食べたかを先生に見せなければいけなかった。先生に「もう少し食べよう」と何回言われたかわからない。小学校のときは誰に許可を取るわけでもなかったが、班に分かれて食べて、食器を班のメンバーがまとめて返すので、残すと食器係の子に嫌な顔をされた。それが嫌で嫌で仕方なく、給食の時間は保健室で食べていたこともある。

 

大人になった今は自由に食べることができるが、奢られることと、絶対に残さないと心に誓っている人と食事をすることがすごく苦手だ。誰かにごちそうされた場合、残すのは失礼にあたる。誰かに奢られる予定があると、それだけで食欲がなくなってしまう。

 

「人と食事をするのは楽しいこと」「食べることは心まで豊かにすること」。そんな当たり前の考えが、人を傷つけることもある。自分の中の当たり前が、誰かにとっては苦痛なこともある。他者を認めようとは言わないし、この本でも言っていない。しかし、自分と他人は違うということを頭の真ん中に置いておけば、もう少し肩の力を抜いて生きることができるのかもしれない。

 

◆ややこしい世界でさえ愛したくなる物語

 

佐原ひかりの物語は、どちらかというとさわやかで明るいイメージの物語が多かった。今作は表現も若干グロテスクなところがあり、明るい話ではない。それでも、佐原ひかりの本に共通しているのは「読後に前を向けること」だ。背中をどん、と押してくれるのではなく、隣にそっと寄り添ってくれるような作品の優しさが心に広がる。

 

「世界のややこしさに、めまいを起こしそうになる」という一文がある。そう、世界はややこしいのだ。人と同じかと思えば違うし、見ているその人がすべてではない。世界は、人間は、なんてややこしいんだろう。そのややこしい人間たちが混ざり合って生きている。そこには優しさも喜びも悲しみも憎しみも生まれる、生まれてしまう。でもきっと、ややこしい世界だからこそ、人は人と生きている。佐原ひかりの本を読むと私はいつも、そのややこしさでさえ認めて、愛したくなってしまうのだ。