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【実写化】早見和真『ザ・ロイヤルファミリー』感想 競馬を知らなくても夢中になれる“大人の青春”

早見和真さんの小説は、いつも私を知らない世界に連れて行ってくれる。死刑を宣告された女性を巡る物語『イノセント・デイズ』での出会いをきっかけに、随分といろいろな世界を見させてもらったと思う。そのどれもが強烈に胸に残っているが、『ザ・ロイヤルファミリー』は、私に“大人の青春”を見せてくれた。馬主と彼を取り巻く人々、そして馬。この物語には、抱えることができないほどの夢とロマンが詰まっている。

 

 

◆『ザ・ロイヤルファミリー』早見和真 競馬を知らなくても夢中になれる理由

 

この物語の語り手は、ひょんなことから人材派遣会社の社長の秘書となった栗須栄治。社長・山王耕造は競馬に熱中している馬主だった。彼らは、自分たちが出会った運命的な馬たちの勝利を求め、有馬記念を目指す。

 

実はこの物語、何度か本屋で手に取って購入することをやめている。あらすじを読んで「競馬の話かぁ」と思い、競馬に興味もなければ知識もない私には難しい話だろうと思っていた。そんなとき、日曜劇場で実写化するというニュースが飛び込んできた。実写化が決まってからというものの、本屋に行くと今まで以上にこの本と目が合う。ここまで気になるなら読んでみよう、と自分の直感を信じて、読んでみることにした。

 

本作は1部と2部で構成されており、1部は栗須と山王、そして「ロイヤルホープという馬の話がメインで繰り広げられる。競馬知識ゼロで読んでいたため、もちろん多少わからない部分はあったが、わからなくてもストーリーはわかるし、熱さも伝わる。このあたりは実写で補完しようとも思いながら読んでいくと、どんどんのめり込んでいった。

 

◆“人間らしさ”にあふれる登場人物の魅力

 

物語に夢中になれるかどうかは、その登場人物にかかっていると思う傾向がある。好き嫌いの話ではなく、彼らの行動や気持ちに納得できるものがあるか、納得できなくても惹かれるものがあるか。彼らになんらかの感情を抱くことができるか。

 

この物語の登場人物は、すべてが愛しい。ワンマンで我儘な山王社長は、秘書・栗須の視点で語られることによって愛しく思えるし、人だけではなく馬まで愛しい。実写で見ているわけでもないのに、その愛くるしさが栗須の視点を通して伝わってくる。また、本作は栗須目線の「ですます調」で書かれている。秘書という立場もあり、栗須は基本的に冷静なため、栗須目線でもどこか客観的に物語を理解することができる。たまに栗須が感情的になるときは、よっぽどのことが起こっているわけで、その場面は心が震える。

 

1部では山王社長の家族の秘密も描かれるが、1部の終盤では涙を堪えるのに苦労した。電車で読んでいることが多かったため、目を見開いて瞬きをなるべくしないように読んでいた。周りから見ると怖い顔だっただろうと思う。そして全体の半分の1部を読み終わった頃には、競馬のロマンと夢を感じ、何よりもその背後にいる人々や馬たちへの敬意が湧いた。競馬というと「ギャンブル」という言葉が浮かぶ人も少なくないだろう。私もその一人だった。しかし、すべての物事の後ろには人がいて、愛情がある。知識がないだけでその気持ちを想像できなかったのは、反省すべき点だと感じた。

 

◆受け継がれる「血」が物語に深みを与える

 

本作は、人間と競走馬の20年にわたる壮大な物語として描かれており、「継承」というテーマもある。2部では「継承」の面が深く描かれる。2部の主役はなんといっても山王の息子・耕一と、ロイヤルホープの息子・ロイヤルファミリー。耕一はある制度を使って馬主となるが、耕一とロイヤルファミリーはとてつもなく重いものを背負っている。それは“血”だ。馬の世界で「血」は重要なものであり、その重さを馬主にも背負わせている2部は、読みながら心臓がずっとバクバクしていた。ここは物語の肝で、クライマックスでもあるので、彼らの未来をぜひ自分の目で確かめてほしい。

 

ラストシーン、そしてラストページの美しさといったらない。ここまで美しいラストシーンに出会えることは、稀だと感じるほどだった。少し大げさに聞こえるかもしれないが、本心でそう思う。この物語は2025年の私のベスト本に入るだろう。

 

1部を読み終わった頃から、私は競馬に興味を持ち、Xで情報収集をするようになった。そんな折に、Xのトレンドに「ハルウララ」という言葉を見つけた。本作を読んでいたということもあり、きっと馬の名前だと感じてクリックしてみると、かつて「負け組の星」として人気を博した競走馬「ハルウララ」が29歳で永眠したというニュースだった。

 

正直くわしくは知らなかったが、彼女を悼む声を読んでいるだけで胸に迫るものがあった。彼女は引退するまで一度も勝つことができなかったが、負けても負けても走り続ける姿が話題となり、アイドル化したのだという。このタイミングで出会ったそのニュースに、私はどこか運命的なものを感じてしまった。この物語に出会っていなければ、気にもとめないニュースだった。

 

◆人生を豊かにする「物語」の力

 

本作では、馬に対する愛情はもちろん、栗須や耕一が罪悪感やエゴに悩む気持ちも描かれている。故障した馬がどうなるか、結果を出せずに引退した馬がどうなるか。競馬が虐待だという意見があることもこの物語をきっかけに知り、深く考えるきっかけにもなった。

 

このようなことに直面するたびに、世の中は自分が思っているよりも知らないことばかりだと強く思う。人生には限りがある。頭に描いたことをすべて経験するのは難しいし、この世の中にある知識をすべて手に入れるなんて到底できない。だからこそ、私にとっての物語の世界は大切で、強い。知らない世界を経験させてくれる物語に出会うと、心が動く。この物語では、大人の青春を存分に経験させてもらった。

 

そんな本作は2025年10月期の日曜劇場で実写化する。栗須を妻夫木聡、山王社長を佐藤浩市が演じるが、原作を読んでからキャストを見て心の中でガッツポーズをした。そして演出は塚原あゆ子というではないか。先日発表された目黒蓮の役柄はまだ明かされていないが、絶対にこの人だと思う人がいる。絶対にハマり役だと確信してしまい、なぜだか少し悔しい気持ちにもなった。頭で描いていた世界が、おそらく完璧に近い形で実写化されると思ったからだ。

 

物語を通して、映像を通して、私は違う世界を経験する。大人の青春を映像でもう一度味わえるなんて、今からワクワクが止まらない。