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朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』書評|視野の広さと狭さ、信じる力について考える

読みながら背筋がぞわぞわする感覚を何度も味わった。それは、この物語の登場人物が、限りなく自分に近かったからだ。朝井リョウさんは、人間と世界の解像度が高すぎる。自分が思っているけどうまく言葉にできなかった感情が言葉になっていて、どこか痛くて、ときどき叫びだしたくなった。なんて物語を世に産み落としてくれたんだ、朝井リョウさん。

 

◆孤独を感じる中で出会った“信じるもの”『イン・ザ・メガチャーチ』/朝井リョウ

 

 

朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』は、主に3人の視点で語られる。40代後半のレコード会社勤務・慶彦、大学生の澄香、30代半ばの非正規社員・絢子。彼らはまったく違う価値観と生活でありながら、それぞれが人生になんらかの不安と不満を抱え、孤独を感じている。その孤独の中で“信じるもの”に出会い、人生が動き出していく。まずこの年代設定から絶妙だ。大学生、40代後半、30代半ば。どのタイミングでも、自分のこれからの人生に悩んだり、振り返ったりする年代だろう。

 

その中でも私が一番共感できたのは大学生の澄香だ。海外に興味があった澄香は留学制度のある大学に通っているが、内に閉じこもる性格でいろんなことを気にするタイプ。MBTI診断ではINFPで、友人とは表面上はうまくやっているが実際は勉強も友人関係もうまくいっていない。自信をなくしていたところに、同じINFPのこれからデビューするアイドルグループ「Bloome」の道哉に出会う。

 

それまでアイドルにはまったく興味のなかった澄香だったが、道哉の“INFPらしさ”に触れ、自分と同じだと共感。そこから熱量高く道哉を応援するようになる。澄香の人生に、道哉と一緒に歩む物語が加わったのだ。アイドルを応援する理由はさまざまだ。歌やダンスが好き、顔が好き、性格が好き…いろんな理由やきっかけがある。そのアイドルが人生をかけて描く物語が好きだという人もいるだろう。私もその一人だ。

 

◆冷静さを失うほどに惹かれる“誰かの物語”

 

私には4年ほど応援しているアイドルがいる。テレビに多く出るタイプのアイドルではなく、ステージを積み重ね、メンバーが減ったり増えたりしながらも必死に努力してきたアイドル。私は彼の顔や歌やダンスが特に好きというわけではなかった。彼が何度も口にする夢と、その夢を語るときの表情、悔し涙、メンバーのことが誰よりも好きなところ、寝る間も惜しんで配信などをしてファンとの時間を作ってくれるところ、つまり彼の描くアイドル人生とその物語自体に魅了されている。

 

この本でも描かれていることだが、人は物語に弱い。特に澄香のように自分の人生に悩んでいる人は、誰かの夢に自分をまるごと乗せてしまう。だからこそ彼らの売上が大事で、彼らの喜びは自分の喜びに直結する。澄香はCDを何枚も予約し、YouTubeの視聴回数を増やすことに必死になる。明らかに自分の力ではどうにもできない金額を彼らに注ぎ込む。澄香の行動ははっきり言って冷静ではないが、私はこのときの澄香の気持ちが痛いほどよくわかる。

 

私が応援しているのは接触ができるタイプのアイドルで、CDが発売されるたびに握手などの接触イベントがある。彼らが夢を叶えるためにはCDが売れなくてはいけないし、もっと話題になって世間に認知されなければいけない。その欲と「もっと会いたい」という思いが重なって、気がつけばカードの請求額はどんどん膨らんだ。

 

今は彼らも人気が出て、接触イベントの頻度が減り、スタイルが変わり、私は以前よりは彼らと距離を取れている。それがいいことなのかよくないことなのかはわからない。

 

振り返ってみると、この4年間はものすごく楽しかったけれど、自分が自分じゃないような感覚も少しだけあった。澄香の行動を見ていると、そのときの自分が嫌でも思い起こされる。自分が冷静ではなかったことを客観視する時間は、胸がじわじわと冷たいものに侵食されるような感じがして痛むのだ。

 

◆広い視野から狭い視野へシフトチェンジする行動

 

澄香はもともと、“広い視野”をほぼ強制される環境にいた。直接的には自分に関係のないことでも深く広く考え、生活の隣に置く必要があった。例えば環境問題や、どこか他の国で起こっていることについてだ。もちろんそれは生活に何も関係ないとは言えないし、ひとりひとりが意識することで良い方向に変わることもあると思う。しかし、広い視野でばかり24時間365日生きているのは、正直疲れる。

 

この本を読むまでは、私も視野は広ければ広いほどいいことだと思っていた。視野が広ければいろんな人が抱えている問題に気づけるし、世界の解像度が上がる。視野を広げるために読書をしている面もある。しかし、この本には“広い視野”と“狭い視野”、それぞれの危険性も描かれている。

 

広い視野は世界を知る意味で大切なことだが、ときに息苦しくもある。見えすぎることで傷つくこともあり、生きづらくなることもある。例えば「世界にはもっと苦しい思いをしている人がいる。私なんて幸せな方だ」と考えて、本当は限界が来ているのに我慢をしてしまう、といったようなことだ。限界は人によって違うし、環境だってひとりひとり違うはずなのに。

 

澄香は広い視野から狭い視野にシフトチェンジすることで心が救われている。道哉に出会い、道哉のファンに出会い、自分の居場所ができた。自分にとって柔らかで甘ったるい世界で生きることや、狭い世界で強く信じるものがあることはときに大切で、自分を強くしてくれる。何かを信じるという力は、とてつもなく強いエネルギーになる。

 

自分的に辛い環境で生きている澄香にとって、視野を狭めることは世界を圧縮することで、心を守る鎧でもあった。ただ、狭い視野はもちろん危険も孕んでいる。狭すぎて周りが見えないことで、周りを傷つけてしまうこともあるし、澄香や過去の私のように自分をすり減らしてしまうこともある。

 

一番いいのは、物事に応じて視野の広さを切り替えられることだと思うが、人間はそんなにうまくできていない。特に視野が狭くなっている人間は、その世界に夢中になる。狭い世界は中毒性のある麻薬のようなものかもしれない。そこから抜け出すのは勇気もきっかけも必要だ。

 

◆誰かの“くだらない”も誰かの“信じる”

 

この物語では、三人それぞれの“信じるもの”が描かれる。誰かにとってはくだらなく馬鹿げたことでも、他の誰かにとっては人生をかけるほど大切なことがある。三人は信じるものの存在によって孤独から逃れ、逆に信じるものの存在で孤独にもなる。

 

ラストには慶彦がある答えにたどり着くのだが、私はそれをどうしても正解の答えだと思えない。しかしこれは、読者の経験によっても意見が分かれるところだと思う。物語も、受け取り手によってその感想ががらりと変わる。この読書で経験した、ぞわっとするような恥ずかしいような感覚は、おそらくずっと私の心に残り続けるだろう。

 

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