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【読書感想】朝井リョウ『武道館』と現実のアイドルー儚さに価値を見出してしまう美しい残酷さ

甘いキャラメルポップコーンをお供に読んでいたら、体型維持のために茎わかめばかり食べているアイドルが出てきてさすがに手を止めた。朝井リョウさんの『武道館』は、女性アイドルグループ・NEXT YOUが主人公の物語だ。単行本が刊行されたのは2015年。今から10年前の作品だが、女性アイドルを取り巻く根っこの問題は現在でも変わっていないように思う。

 

◆『武道館』/朝井リョウが描く女性アイドルの世界

 

 

主人公は幼い頃からずっとアイドルに憧れていた愛子。彼女はオーディションを経て、NEXT YOUの第一期生となる。歌って踊ることが好きでファンのことも心から大事に思っている愛子には、大切な幼なじみ・大地がいた。愛子は自分の気持ちとアイドルとしての立場で揺れることになる。

 

実は私はこの物語を随分前に読んだことがあり、今回は再読だ。当時私は男性のアイドルしか応援しておらず、全体を読んでもどこか客観的に捉えていた。何年か経ち、私は今、女性アイドルのことも応援している。この物語を読んでいる最中、愛子が何かを悩むたびに、私は応援している女の子の顔が浮かんでしまって苦しくなった。

 

何がしんどいって、彼女もきっとどこかでいろんなことで揺れているはずだと感じたからだ。例えば、恋愛感情で好きになりそうな人が現れたときに自分の中で警戒するランプをつけたり、アイドルの自分がドラマに出演するときにドキドキしたり、SNSでの誹謗中傷を見たり。すぐ隣にある残酷さが彼女を傷つけることがあると、今は昔よりも想像ができるから。

 

◆10年経っても変わらない「恋愛禁止」の構造

 

女性アイドルは男性アイドルに比べて“賞味期限”が短い。どこの誰が決めたのかは不明だが、何年経ってもアイドル界の常識、むしろ世間の常識として「アイドルは恋愛禁止」ということがある。そのため女性アイドルはほとんどの場合、グループをやめてから(=アイドルをやめてから)表向きの恋愛や結婚をする。現役アイドル中に恋愛をしてバレる子もいれば、隠し通したままの子もいる。

 

男性アイドルもファンに夢を見させる存在だが、30代以降は結婚する人も少なくない。それでもアイドルとして活動を続けている。

 

一方、例外もあるが女性アイドルは至るところで「清楚さ」が強く求められる。ピアスの穴を開けたことだけでも少し悪い意味で話題になる世界だ。アイドル界は朝井さんが『武道館』を書いた10年前と多少変わっていることもあるし、「ももいろクローバーZ」など例外となるアイドルもいるが、根本の部分は変わらないように思う。

 

◆握手会で感じた彼女たちの素顔

 

愛子は、途中で大地への思いで揺れる。応援してくれているファンを裏切ってもいいのだろうか。メンバーを裏切ってもいいのだろうか。これまで続けてきた自分の歴史を裏切ってもいいのだろうか。

 

愛子のそんな揺れを読んでいたら、応援している女の子の握手会に行ったときのことを思い出した。そのとき私は彼女に「女の子のアイドルを応援するのは初めて」と伝えた。彼女は「今まではモデルさんとかを応援してたの?」と聞いてくれて、私は「今までは男の子のアイドルをメインに応援してたんだ」と答えた。

 

すると彼女は「えっ!?誰誰誰っ!?」と、まるで恋バナをするみたいに目を輝かせて、前のめりで質問してくれた。そのときは女友達のようにはしゃいで話した。

 

よく言われることではあるが、彼女はアイドルである前にひとりの女の子だ。恋をしていたとしても誰にも言えず、そのはしゃいだ気持ちを隠さなければいけない。もしかしたら恋になったかもしれない出会いを、自ら見送ってきたかもしれない。

 

愛子の姿を見ていたら、彼女が楽しそうに「誰!?」と聞いてきてくれた顔を思い出して苦しくなった。もちろんアイドルという職業を選んだのはアイドル自身だし、「職業アイドル」をまっとうする責任はある。

 

◆矛盾を抱えながら向き合うアイドル文化

 

「アイドルは恋愛禁止」。これは私たちが決めた価値観でもアイドルが決めた価値観でもなく、ずっと前からいつの間にか決まっていた価値観だ。その価値観がアップデートされないまま、長く世間に根付いている。恋をしたらアイドルではいられない。そんな物語はあまりにも切ないけれど、そこにまたひとつ「儚さ」が生まれてしまうことも事実だ。彼女たちが歌っているとき、踊っているとき。崩れない前髪、落ちないヘッドドレス、ひらひらと舞うフリルのスカート。アイドルでいられる時間は限られていると知っているから、そのひとつひとつが時に切なくて尊い

 

その価値観は、頭のどこかでは問題だと思いながらも、感情的にはその儚さに価値を見出してしまう自分がいる。この矛盾した気持ちこそが、現在のアイドル文化の複雑さを物語っている。

 

いつか、アイドルも恋愛・結婚をして当たり前だと受け入れられる世の中が来るのだろうか。今から10年後、どんな世界になっているのだろう。

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