幼い頃に描いた夢に、ずっとたどり着けると信じていた。現実を知るにつれ、それは本当におとぎ話のようにふわふわしていた夢なのだと思い知る。夢が叶うことなんて、とても稀なのだということを知る。諦めなければ夢は叶うなんて、それが真実だったら、2人に1人はスポーツ選手になっているのではないだろうか。渡辺優さんの『アイドル 地下にうごめく星』は、夢と現実に揺れる人たちのとてもリアルな物語だ。
◆魅力的なキャラクターの詰め合わせ『アイドル 地下にうごめく星』/渡辺優
本作は、40代の会社員・夏美、夢を捨てきれない23歳の楓、女装趣味の男子高校生の翼、現実が辛くて自分は天界から来たのだと思い込む天使ちゃん、東京でアイドルをしていたが戦力外通告をされてしまった愛梨という登場人物5人の視点から語られる。物語は、40代半ばの会社員・夏美が、同僚に誘われて地下アイドルの現場に行くところから始まる。夏美はそれまでアイドルにまったく興味がなかったが、ある一人のアイドル・楓に一目惚れする。
「その瞬間、もう、すべてが揺るぎなくなった。恋とはするものではなく、抵抗もままならず、真っ逆さまに落ちるものだと聞いたことがある。その点でいうなら、これは恋だ」。
これから楽しいオタク生活が始まるのだと思った瞬間、楓が所属していたグループの解散が決定。夏美は自分が楓をプロデュースしようと決めた。
そんな楓は、ずっと自分の夢にとらわれていた。それは宝塚歌劇団に入りたいという夢だ。もう年齢制限は過ぎ、楓はどうがんばってもその夢を叶えられない。楓はその夢を「呪い」だと言っている。もうアイドルから降りようと思った矢先に、夏美からスカウトされる。
楓たちは、全員自分の夢や目標、なりたいものを抱えながらも不安も抱いている。特に楓が自分の夢を「呪い」だと呼ぶのはリアルだ。楓は、彼氏からプロポーズされて泣いてしまう。決してうれしいからではない。自分の夢が「死」に向かっていくのだと自覚してしまったからだ。
「私は自分の人生が、死に向かって静かに閉じていく気配を感じていた。結婚したら、宝塚歌劇団には入れない」。
ここまで読むと、きっと4人と夏美がスターダムを駆け上がる物語だと思うだろう。しかし、そうではない。この物語は驚くほど現実的な物語だ。彼女たちが悩み、選び取る生々しい行動を、ぜひその目で見届けてほしい。
◆現実を生きている限り夢は消えない
幼い頃、夢を叶えられると信じて疑わなかった。私はあるアイドルが好きで、そのアイドルがいるテレビの中の世界に自分も入れると思っていた。自分をかわいいとは思っていなかったため、かわいらしさが求められるアイドルは無理だろうと察していた私は、女優にならなれると思っていた。女優は顔だけを求められるのではなく、雰囲気や演技力で勝負できると思ったから。
ずっと女優になりたいと言い続ける私に、母は言った。「中学生になってもなりたかったら、事務所のオーディションを受けよう」と。今考えると、なんて夢に寛大な母なのだろうと思う。ウキウキしていた気持ちで過ごしていた小学校時代。しかし中学生になると、アイドルになりたいと言っていた子も歌手になりたいと言っていた子も、夢を語らなくなった。
そうして自然に「夢は夢なのだ」と悟った私は、将来を考えるにあたって夢を探すことになる。夢や進路で悩みに悩んだ私は、最終的に同じ夢にたどり着いてしまう。女優とまではいかなくても、「芸能界」に近い世界にいたかった。これは楓のように呪いのようなものだった。
現在私は直接的な芸能界にいるわけではないが、ドラマのレビューをするなど、文字を使って魅力を伝える仕事をしている。女優になると息巻いて悪役の高笑いの練習までしていたのに、表舞台とは距離がある。しかしそれでも満足はしている。
確かに夢は努力すれば叶うわけではない。生きているとさまざまなことが降りかかり、私たちはどんなに辛くても現実を生きなければいけない。しかし、私が夢見た世界も、楓たちが夢見ている世界も「現実」に変わりはない。夢は現実の延長線上にあり、地続きだ。
この物語は教えてくれる。夢と現実は地続きだからこそ、いつからでも始められるということ。私だって、10年後に女優になっているかもしれない。諦めなければ夢は叶うとは言わない。しかし、夏美や楓たちの、どこまでもリアルな悩みや気持ちを受け取ると、信じたくなってしまう。現実を生きる限り、夢はずっと終わらないということを。
